賞賛



「はい、どーぞ!」
「どうぞ、と言われても、君な」

 困り顔のアーチャー・エミヤが難しい顔で私を見下ろす。私はといえば両腕を広げ、受け入れ態勢準備万端! と全身でアピールしているわけなのだが。

「どこでもいいよ、キス」

 そう、我がカルデアの(私が個人的に始めた)しきたり、仲良くなったサーヴァントからのキス。ついにアーチャー・エミヤの番が回ってきたのだ。

 しかし当の本人は、はぁ、ともう一度大きくため息。そんなにキスしたくないのか、と思うと少しへこむなぁ。

「絆レベルマックス! 恒例のキスイベント! もー、近いうちにこうなるってわかってたんだろうし心の準備くらいしておいてよー」

 またまたため息、ちょっと本当に傷つくぞう。

「……オルタのエミヤもやったんだから、アーチャーだけが逃れる道理はないぞ!」
「君は……なんというか……本当に強引だな」

 今更何を、と思う。とにかくこれはこのカルデア一のイベント(?)だ。絶対、何があっても、アーチャーからのキスは諦めるつもりはない。……今のところは。

「さあさあどこにする? 被っちゃだめって事もないし、本当にどこでもいいんだよ?」

 彼の前でくるりと一回転。るんるんなわたしとは対照的に、彼は眉間にシワをよせ、考え込むような素振りをした。……もしかして、本当に嫌なのかな。

「……まぁ、どうしてもと言うなら、無理はしなくても」
「──よし、では手を出してもらえるか、マスター」

 二人が口を開いたのはほぼ同時だった。ポカンと口を開けたままの私に、彼が「? 何か言ったかな」と不思議そうに首を傾げている。

「えーと、その、無理しなくてもいいよーって」
「今更だな」

 ふ、と少し嫌味の残る笑み。そして「君のワガママにはもう慣れたさ」と、今度は少し、柔らかな笑み。

「慣れてしまうほど、共にいたという事だろう」

 そのワガママを言っている張本人が「そうだね」と返すのも違うなと思ったので、私はわざと不服そうに唇を尖らせてから右手を彼に差し出した。

「はい、これでいい?」
「ああ……失礼」

 彼がその手を取る。そのまま彼の口元まで手を引かれ、指先に、唇が触れるのを感じた。

「……普段はそうは見えないが、君は確かに素晴らしい人だ、君に召喚されたことを光栄に思うよ、マスター」
「うわ……」
「なんだ、その反応は」
「いや、なんていうか……き、キザ〜……」

 女難の相がどうとか言っていたけど、アーチャーの場合は本人のこういうところにも問題があるのでは? と思わなくもない。

「そういえば、こういうのって、傅いてするんじゃない? ほら、映画とかでよく見る王子様とかさ……」
「君がそうして欲しいならそうしよう」
「え」

 躊躇いなく彼が目の前で膝をつく。背の高い彼の顔がいつもよりも下にあって不思議な感じだ。

「そんなやすやすと」
「私はそんな事で傷つくようなプライドなど持ち合わせてはいないからな」
「今度は嫌味〜」

 いつものようなやりとりに、思わず苦笑いをこぼす。そんな言い方ばかりするからランサーなんかと喧嘩するのに。

「……そんなに卑屈になることないのに……堂々としてなよ、アーチャーも、立派な英雄の一人なんだからさ」

 すると今度は彼が苦い顔をした。「私はそんな大層な者ではないよ」とまた眉間にシワを寄せる。

「おっと、まだ自覚がおありでない? 英雄の証、足りなかったかな」
「君な……素材にも限りがある、私なぞよりもっと有意義な使い方があるだろう」
「む、また言った」
「──?」

 私なぞ、俺なんか、そうやって卑下するのはいつものことだけど、今日に限っては無粋の一言に尽きる。
 私がアーチャーにそうしてあげたいのは、立派な英雄だと思っているからってだけじゃないのに。

「いい加減わかりなよ、英霊エミヤ。英雄だろうがそうじゃなかろうが、こうやってずっと一緒にいるってことは、それなりに君を大切にしてるってことだ……それに気づかないのは、ちょっと私に失礼なんだぜ」

 格好つけてそんな事を言って、胸を張る。彼は二、三度瞬きをした後に、「ふ、」と短い笑い声と共に、手のひらで口元を覆い隠した。けど、さっきよりシワの伸びた眉はしっかりと見えている。

「レオナルド・ダ・ヴィンチの真似か?」
「正解! 似てた?」
「コメントは差し控えさせてもらうよ」
「えー」

 残念、と言う私の手を握る彼の手に少し力が入る。未だ傅いたままだった彼はゆっくりと立ち上がり──

「……感謝するマスター、君がそう思ってくれているなら、オレももっと頑張らなくちゃな」
「ん! 頼りにしてる!」

 そうか、と笑う彼はどことなくいつもよりずっと幼く見えて……そんな表情を向けてくれているのが、私はとても嬉しいのだ。

 ──どうか、これからの旅も、彼にとって誇らしいものとなりますように。

「……そのためには、私も、頑張らなくちゃね、アーチャー」
 
 
 




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