手のかかる愛し子



「ゲームは一日一時間だ」
「アァーーーーッ!!」

 マスターの手にしていたゲーム機をひょいと取り上げると、彼女はおおよそ淑女には似つかわしくない叫び声を上げ、目深に被っていた布団から飛び出してきた。

「返してよ、エミヤーッ!」

 水分補給を怠っていたと思われるガラガラの声で、彼女は私の名前を呼ぶ。ゲーム機を取り返そうと必死に手を伸ばしているが、彼女と私の身長差では多少飛び跳ねたところで届きはしないだろう。

「君な、いったい何時間部屋から出ていないんだ」
「そ、そんなの気にして無かったからわかんないし!」
「少なくとも、最後に食堂に現れてから十八時間は経過したと記憶しているが」
「……エミヤのそういうとこ、怖いと思うとき少なからずあるよ」

 未だ反抗的な目をしてはいるが反論をしないところを見ると、自覚はあったのだろう。まったく、不健康にも程がある。

「ゲームに集中するのは構わないが、食事くらいはきちんととりたまえ」
「ちゃ、ちゃんと食べてはいたよ?」
「……なにをだ?」
「ポ……テ、チ……とか……」
「なお悪いわ!!」

 思わず声を荒げると、彼女は再び布団で顔を覆い隠し、「ひえーん」泣く真似を始めた。今更騙されるとでも思っているのか。

「食事のことだけではない、どうせろくに睡眠も取っていないのだろう」
「だって、中々勝てなくて……」
「誰に」
「ガネーシャ……あっ」

 彼女がしまった、と両手で口を覆うが、一度出た言葉は戻らない。「なるほど、了解した」と言って私が踵を返すそぶりを見せると、彼女は慌てた様子ですがりついて来た。

「い、今のは嘘! なにも言ってない! 違くて、ガネーシャじゃなくて……黒髭! ティーチとやってたの! だ、だから……」

 どんどん小さく、泣きそうになっていく声、しまいには瞳をうっすらと滲ませながら「パールヴァティーには言わないであげて……」と私を見上げていた。

「ついこの間怒られたばっかりだから、また私と夜通しゲームしてるなんてなんてバレたら前よりもっと怒られちゃう……」
「…………はぁ」

 私も相当、彼女に甘い。
 泣いたフリは見破れても、本当に泣かれてしまうと弱いのだ。

「わかった、彼女には言わないでおこう……その代わり、食事はきちんと取るように、いいな?」
「う、うん、気をつける」
「それから夜更かしをし過ぎないこと」
「……エ、エミヤ的には、何時までオーケーなの……?」
「起床時間から逆算して、六時間は寝るようにしたまえ」
「うう、もう子供じゃないのに」

 文句は言いながらも素直に従うつもりはあるらしい。こういうところがあるから私も彼女に甘くなってしまうのかもしれない。

「努力、するね……」
「よろしい、ところで、腹は空いているか」
「ううん」
「ならばまずは睡眠だな、目の下にクマができている」

 鏡を差し出すと、それを覗き込んだ彼女が顔をしかめる。どうやらやっと自分がひどい顔をしていることに気づいたらしい。

「食事の時間には起こしに来よう、これを返すのはその後だ」

 未だに私の手にあるゲームを見て、一瞬彼女は唇を尖らせたが、すぐに「わかった」と大人しく布団に潜り込んだ。そうしてひとつ大きなあくびをこぼした後、静かな寝息をたてはじめる。

(限界だったんだな)

 そこまでして勝ちたかったのか、と思わず苦笑した、負けず嫌いにも程がある……私も言えた義理ではないのは自覚しているが。
 私を信用し、安心しきった彼女の寝顔は、新鮮で、どこか懐かしかった。俺も昔、こうやって誰かの寝顔を眺めながら優しい時間を過ごしたことがあったのかもしれない。
 ──もう、忘れてしまったが、

「……おやすみ、マスター」

 そう言い残して部屋を出る。
 
 どこからか、先輩、という懐かしい声が聞こえたような気がした。
 
 




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