恋に落ちる日々 私は今日も恋をしている。
「……なんだ」
「なんでもないよ」
その横顔をじっと見つめていると、訝しげな表情でエミヤ[オルタ]はそう尋ねた。
手にはいつもの手帳、もとい日記帳。中を見せてもらったことはないけれど、忘れちゃいけないことを忘れないように、思い出せるように、記憶ではなく記録として書き記しているのだそうだ。
「ね、私のことも書いてるの?」
それを聞いたのは初めてのことではないけれど、いつもと同じように彼は、「さてね」と皮肉っぽい顔で笑うのだ。
(記憶ではなく記録=Aそれってなんだか、座と同じ仕組みみたい)
それじゃあ、今日の彼は昨日の彼とは違う彼なんだろうか。
確かに、ふとした時に彼が自分の知っている彼とは違う人なんじゃないかって思ってしまう時はある。だって、「そうだったか?」とか「そうらしいな」って、あまりに他人事みたいに言うものだから。
逆に、何をもってして昨日と今日で同じ人物であると定義できるんだろうか。記憶の連続性? でもそんなの、誰にだって一度くらい、途切れることはあると思うし……。
そんなとりとめもないことをぼんやり考えていると、見慣れた顔──ではなく、見慣れた手帳が廊下にポツンと置き去りにされているのを発見した。
「これ、エミヤ[オルタ]の……」
ぼろぼろというわけではないが、それなりに使い込まれた感のある小さな手帳。拾い上げると、背のあたりに小さく番号が書き込まれているのに気づく。
「……いち? なんだろ」
まぁいいいか、とりあえず彼にこれを返さなくては、と辺りを見回す。
ここから彼が行きそうな場所は……シミュレーター室辺りだろうか。そう考えた私は少し小走りでシミュレーター室の方へと向かった。
(早く届けてあげよう、きっと困ってると思うから)
「……っと」
「わ」
二つ目の角を曲がった時、目の前に現れた黒い影に驚いて足元がふらつく。
そんな私の腕を掴み、倒れないように軽く引いてから「しっかり立て」と、彼、エミヤ[オルタ]が息を吐いた。
「廊下は走るな、子供じゃないんだ」
「わ、わかってるよ」
少しだけ気恥ずかしさを感じつつ、「それより、これ」と言ってさっき拾った手帳を差し出す。彼は数度瞬きをした後、「ああ、丁度探していた所だ、助かる」と言ってそれを受け取った。
しかし、何故かその彼のもう片方の手には、私が今手渡したのと同じものが握られていた。
「あれ?」
不思議に思い双方を見比べる。見れば見るほど同じ手帳だ、いったいどういうことなのだろう。
その時、ふと彼が持っていた方の手帳に、「2」という数字が書かれていることに気がついた。
(もしかして)
その可能性に気づいた私は、少しだけ胸が高鳴るのを感じながら、「もしかして、二冊目?」と彼に問いかける。
「……さてね」
いつもみたいに皮肉っぽい笑みを浮かべて彼がそう答えた。……うん、改めて自覚したけれど、私はどうやら彼のそんな顔が嫌いじゃないみたいだ。
なんだかいっそう彼が愛おしくて、頬が緩むのも隠さず彼を見上げていると、バツが悪そうに彼は視線を逸らした。
「……別に、覚えていられないことがこれだけ増えたというだけの事だろう」
「そうかなぁ」
きっと、そうじゃなくて、「忘れたくないもの」がそれだけ増えたって事じゃないのかな。
(なんて)
そんなことを言って彼が手帳に書き込む事が減ってしまったら嫌なので、私はそれ以上は何も言わずに彼の隣に並び立つ。
「なんだ」
「ん? へへ、どこ行くのかなーと思って」
「何処だって良いだろう……何故ついてくる」
「だめかな」
「…………好きにしろ」
諦めたふうにため息をついた彼の歩幅は狭く、私に合わせてくれているのがわかった。けれどそれに対するお礼も控えておくことにする、彼の歩く速さに合わせるのは結構大変なので。
「──あのね、」
そう言って口を開いた私の話を、聞いていないかのような顔で時々相槌を打ってくれる。優しいんだ、それも絶対、言わないけれど。
(あぁ、今日も──)
──今日も私は、今日の彼に恋をしている。
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