次は君と何処へ行こうか




 幾度目かのレイシフトを終えて、私は自身の端末で契約中のサーヴァント達のステータスを確認する。
 あと少し、もう少し、と言っていたその数値が目標値に達したのを確かめて、私は頬が緩むのを抑えながら共にレイシフトしていたサーヴァントの一人に声をかけた。

「エミヤ[オルタ]! 一緒に来て!」
「……? なんだ、突然」

 訝しげな彼の手を取り走りだす、後ろから「ちょ、ちょっと待て!?」と慌てたような所長の声が聞こえたが、「報告は、あとでしまーす!」と大声で答え所長の返事を聞くことなくマイルームまで駆けていく。
 歩幅が違う私達のまばらな足音が廊下にこだまする中、急ぎ開けたマイルームの扉の中へ飛び込み彼を振り返ると、心底呆れ返った、というような表情の彼が「あんたの突拍子も無い行動にはいつも驚かされるよ」とため息を吐いた。

「これ見て!」

 そんな彼に端末の画面を向ける。そこには彼自身のステータスが記載されており、私はその中の絆レベル≠ニ書かれている項目を指差した。

「じゃーん! ついにマックスになりました〜!」

 絆レベル十、の文字列を、私は彼に見せつける。喜びに心を踊らせる私とは対象に、彼は興味のなさそうな顔でもう一つため息をついた。

「それがどうした」
「どうしたって……嬉しいじゃん?」
「ただの数値だろう」

 この数値は別に、彼と私の間に育まれた感情を測定した……などというものではなくて、ただ単にレイシフトの回数に応じて増えていくだけのものである。穏やかな土地へのレイシフトであれば少しだけ、強敵に出会えば多く付与される、言ってしまえばそれだけのものだ。

「そうだけどさぁ……やっぱり、嬉しいよ、それだけエミヤ[オルタ]といろんなところに行ったってことだもん」

 ただの数値、ただの数値……別にそう言われたことはショックでは無いが、情緒のない奴め、とは思う。まぁ彼にそんなことを求めるのもおかしな話だが。

「百五十万……いったいどれだけレイシフトしたんだろうね!」
「知らん」

 相変わらず素っ気ない返事に、面倒そうな顔。彼にこの話をしても良い顔はしないだろうとはわかっていたが、もう少し喜んでくれたって良いのに、とも思う。
 苦笑いしながら私はもう一度端末の画面を見つめ、その感動を一人で噛み締めた。……ふと、彼が口元を手で触りながら何かを考えこんでいたので、どうしたの? と首をかしげると、彼は「いや……」と呟き視線を床に落とす。そして、

「……そうか、そんなに長く、あんたの隣にいたのか」

 珍しく、毒気の抜けたような表情で、そんな事をいうものだから――私は湧き上がる感情の赴くままに、彼の首に腕を回すようにして彼に飛びついた。

「――エミヤ[オルタ]っ!」
「……! おい、っ!」

 不意を突かれたとはいえ、私の重みごときでは彼の体躯は揺らがない。だがその状態で全体重を後ろにかけると、重力に従い私の身体は背後のベッドに吸い込まれるように落ちていく。もちろん、そこにはクッションが積まれていて怪我はしないであろうことはわかっていてしたことだ。
 それでも彼の大きな手のひらは私の頭を守るように添えられ、もう片方の腕は背中に回され、彼は私を強く抱きしめたまま一緒にクッションの海の中に沈み込む。
 浮かれた私が思わず笑ったのを見て、彼は眉間のシワを深くした。

「……何がしたいんだ、あんた、打ち所が悪ければ死ぬかもしれないとは考えられないのか」
「ここに居たのが貴方じゃなかったらそうなってたかもわからないね」

 でも貴方だったから、大丈夫だった。と更に強く彼を抱きしめる。わざわざ一緒に倒れてくれたのだって、私一人で落ちないようにしてくれているわけだし。

「エミヤ[オルタ]は、優しいからね」
「そんなことを言う変わり者はあんたくらいなもんだ」

 腕の力を緩め、少しだけ彼と身体を離す。不機嫌そうにも見える彼の顔を見ながら「それじゃあ恒例のアレ、お願いしまーす」と私はにっこり笑いかけた。

「…………はぁ」

 こればかりは本当に嫌そうに……というか、困っているようなそんな表情で彼は息を吐く。

「本当にやるのか」
「そりゃもちろん、他のみんなにもやってもらったもん……最悪令呪も辞さないぞ」

 かざした私の右手を、彼が止めるように掴む。そんなくだらないことに使われても困る、というのが彼の意見だということだろう。
 恒例のアレ、というのは、キス≠フ事である。
 絆レベルが最高値まで溜まったサーヴァントのみんなには、それをお願いしている。
 その方がなんだか楽しい、というだけの理由で私が決めたルールなので、まぁ、従う理由が無いと言われれば仕方ない。が、別に唇でなくたっていいし、出来ればこれくらいのワガママ、許容して欲しいものだとは思っている。
 ナポレオンは額に、頼光さんや孔明先生は照れながらも頬に、オルタは首に。
 ファラオには手の甲へのキスを赦してもらった。「良い、児戯のようなものよ」と笑う彼の隣では、ニトクリスが今にも倒れそうなほど白い顔をしていたが。

「さぁさぁ、ほらほら」
「……ふん、まぁ俺は構わないが、この体勢のままならあんたの唇にするしかなくなるな? 確かそこに口付けたのはランサーのクー・フーリンだけだったか」
「ん? そうだね、そうかも」

 私が指定した事はないが、確かに他のみんなは誰もそこを選ばなかった。……別に、本当に、気にしないのに。

「二番手というのは少し気に入らないが、奴だけの特別・・を奪うのも悪くない……目を瞑れ、それくらいの情緒は持ち合わせているだろう?」

 言われなくとも、と彼のいう通り目を閉じる。
 そうすると、彼の指が優しく私の頬に触れ、ゆっくりとその輪郭をなぞった。そして私の顔を少し持ち上げ、大人しくその動きに従うと彼が耳元で「良い子だ」と囁く。彼の吐息が唇にかかり、思わず身体を震わせた私に彼は、くく、と小さく笑い声を漏らした。
 ……五感というのは不思議なもので、一つを遮ると残りの感覚が鋭くなるものだ。これは、もしや、いや、もしかしなくても、なんといいますか――――すごく恥ずかしい状況なのでは?

「エ、エミ、」
「動くな」

 彼の声がとても近くで聴こえて、私は緊張に手を強く握りしめた、それから、彼の、柔らかな唇が――まぶたに・・・・、触れた。

「あ、あれっ、えっ?」
「……悪くないとは言ったが、そこにするとは言っていない」

 目を開けると、愉快そうに口元を歪めた彼の顔が目の前にあった。それがなんだか少しムカついたので、私は自由な方の左手で、彼の肩を軽く叩く。

「……意地悪」
「なんだ、して欲しかったのか」
「そういうことじゃない」

 そういうことじゃない、そういうことじゃないが……くぅ、ムカつく奴め。

「そら、いつまで寝ているつもりだ、そろそろ後回しにした報告とやらをしにいった方がいいんじゃないのか」
「むぅ、わかってるよ」

 先に寝台から離れた彼に続いて、私も身体を起こす。当然のように差し伸べられた手を、ありがとう、と言って借りて立ち上がった。
 管制室に戻ろうと歩き始めてから、私の後ろについてくるエミヤ[オルタ]を振り返る。

「……次は、唇でもいいよ?」
「そうだな……もっと可愛くおねだりできたなら考えてやる」

 嫌味を口にしながらも、少しだけ楽しそうに見える彼の様子に、私は思わず微笑んだ。
 
 




clap! 

prev back next



top