だーれだ? いつも通りのカルデア、その廊下での出来事だった。
「マスター!」
私を呼ぶ声に振り返ると、何やらご機嫌な様子で駆けてくるランサーが目に入る。
何か用事でもあるのだろうか、と「どうかしたの、ランサー」と声をかけようとした瞬間、私の視界は青一色に染まった。これすなわち、彼に抱きしめられたからである。
「は……?」
あまりに突然の事態に驚き、間抜けな声が出た、これはまったくどういう状況なのであろうか。
とりあえず彼を引き剥がし、もう一度「どうかしたのか(頭が)」と問いかける。
「いいや別に? マスターを見つけたもんだからつい、な」
にっこりと悪びれずに彼は笑った。邪気も嫌味もない笑顔に思わず後ずさる。
「そ、そう……えっと、私は今からシミュレーション室に行くところ、なん、だけど……」
「ん! じゃあ俺もついていく」
そう言って彼は手を差し出した。えー、つまり、なんだこれは。
「手、繋いでいこうぜ?」
……なんだこれは? 本当にどうしたんだ今日の彼は。
「え、と……なんで?」
「俺がそうしたいから」
「なに、それ」
子供染みた返答だ、呆れてため息がでる。けれど彼は真剣なようで、真っ直ぐ私の瞳を覗き込んでいた。
「なぁ……ダメ、か?」
「……う」
下がる眉尻、少し落ち込んだような声、私がそれに弱いってよく知っている奴の手口。
……なるほど、そういうことか、ともう一度ため息をついてから、私も彼に手を差し出した。
「いいよ、ただし……その悪趣味なモノマネをやめてくれたらね、セタンタ」
「…………もうバレちまったか」
ぽん、と音を立てて彼の背が縮む、いや、元に戻る。ちぇー、と唇を尖らせながら、ランサー……もといセタンタは私の手を取った。
「いつ気がついたんだ?」
「違和感だけなら最初から」
「マジかよ、くそ、完璧だと思ったんだけどなぁ」
確かに見た目は完璧にランサーのそれであった。セタンタ≠ニ呼びかける少し前までは、本当にランサーがイカれてしまったのかと思っていたくらいだ。
「それにしてもなんでランサーの真似なんか、」
「んー……」
彼が少しもったいつけるように言葉を濁す。珍しい、いつもなら何を聞いてもハッキリとすぐ答えるというのに。
「……マスターに、カッコいいと思われたかったから、だな」
しばらく待っていると、控えめに彼がそう呟いた。
「ほら、いつもマスター俺のこと可愛いって言うからよ……大人の俺の姿なら、カッコいいって言ってくれるかと思って、ルーンで霊基をちょちょいっと、な?」
霊基とは、そんな簡単にいじれるものだっただろうか。
なんにせよ、あれではダメだ。例えランサーにそっくりだとしても……可愛すぎる、カッコいいとは程遠い。
「ランサーは、普段あんな顔しないよ」
「……俺、どんな顔してた?」
「どんなって……」
キラキラ瞳を輝かせて、甘えた声で笑った、まるで、私のことが好きで好きでたまらないみたい、な――
「……は、」
思い出して、かっと頬が熱くなる。なんてことはない、いつものセタンタと同じ表情、
なんだけど、それをランサーの姿でされるというのは、その、なんとも、
「……なるほど、アプローチの方法としては間違ってねぇみたいだな」
「っ……!」
思わず赤くなった顔を隠すように彼から視線を逸らす。
「じゃあ」
ぽん、ともう一度音がして、繋いだ手の位置が上がる。ぎょっとして彼の方を見ると、またランサーの姿になったセタンタと目があった。
いや、今度は服装も髪型も少し違う、恐らく今度は大人になったセタンタの姿、なのだろう。
「これからはコレ≠ナお前にかっこいいって言ってもらえるように頑張るな? マスター」
にっと笑う彼の顔に胸が高鳴る。これは、ずるい、もうすでに「かっこいい」と言ってしまいそうだ。
「……はは、心臓に悪そう」
「そりゃ俺にとっては上々だ」
行こうぜ、と繋いだ手を彼が引く。その彼の無邪気な笑顔に、つられて私も、仕方ないな、と笑った。
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