きょうのできごと



「マスター、どこに行くんですか?」
「うん? こんにちはパッションリップ、今から食堂にちょっとね」

 がしゃん、がしゃん、がしゃん、

 私が歩くたびに私の手はそうやって大きな音が鳴ります。でもマスターは嫌な顔ひとつしないで笑って私にそう答えてくれるのです。

「お食事ですか?」
「ううん、お菓子を作りに」
「わぁ! いいなぁ」
「ふふ、リップはクッキーとパンケーキ、どっちが好き?」

 どっちも好きです、と答えると、彼女は「じゃあどっちも作っちゃおうか」と言って私の前を歩きました。
 私はそれを聞いてすごく嬉しくなったので、さっきよりも大きく手を振って彼女についていきます。

 がしゃん、がしゃん、がしゃん、

 ……ぴたり、私は足を止めました。

「リップ?」

 優しいマスターは私を心配して振り返ります。私は自分の手を見て思ったことを伝えました。

「……本当は、マスターのお料理も手伝いたいんですけど、私のこの手じゃそれはできないから……」

 しょんぼり、私は落ち込みます。
 この手はマスターを守ることができます。
 丈夫な私はマスターの盾になれます。
 何もできないわけではないけれど、やっぱり少し寂しくなりました。

「そっか、じゃあリップは味見係だ」
「えっ?」

 顔を上げたとき、目に入ったのはやっぱり笑顔の彼女でした。

「私一人だと甘くし過ぎちゃうから。これは責任重大だね、リップ」

 そう言って彼女は私の手にそっと触れます。
 怪我しちゃうかもしれないのに、
 傷つけちゃうかもしれないのに、
 それがとってもとっても嬉しくって、私も笑顔で「はい!」と答えました。



 今日のおやつは可愛いうさぎさんのクッキーと、クリームたっぷりのパンケーキです。
 結局甘すぎちゃって、体に悪いぞって赤い人に怒られてしまったけれど、
 マスターが食べさせてくれたそれが、すっごくすっごくおいしかったので、また食べたいなぁと思いました。
 彼女やあの人のような、優しい人達と一緒に。
 

 パッションリップ




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