空っぽのプレゼントボックス



 カラフルなリボンでラッピングされた可愛らしい小箱を前に、私は一人、マイルームで息を吐く。

「…………さて、どうしようかな、これ」

 つい先ほど、廊下ですれ違った今年のサンタに手渡されたそれは、いわゆるクリスマスのプレゼント……というやつなのだろう。

 メリークリスマス、できれば早めに開けて欲しい。と、それだけ端的に伝えて去っていったサンタの背中を思い出し、私はもう一つため息をついた。

 ……ため息を吐いたのは別に、開けるのを躊躇しているとか、サンタを名乗る人物を怪しんでいるとかではない、決して。
 先日まで(毎年恒例の)クリスマス的特異点の対応に追われていた身としては、プレゼント貰えたー嬉しー! ……よりも、やっと解決したのかー疲れたー……という感情が先に来ているというか、なんというか。

(……これ、貰った人の欲しいと思っているものが入っている、らしいけど)

 プレゼントを受け取ってから部屋に戻るまで、何が入っていたら嬉しいか、何が入っていそうか、考えてはみたが思い当たるものがなく。中身は何になるのか、私には全く想像がつかなかった。

(無難なところだと……ケーキ、とか? チキンとか? あとは……あー、そういえば、お気に入りの香水切れかけてるし、それ……とか?)

 サンタに願うほどでもないくらいの欲しいもの、ならいくつかあるにはある。が、さて、あの摩訶不思議なサンタ袋から出てくるプレゼントが、その程度の消耗品で済むのだろうか。

(そうじゃなくて欲しいもの……と……なると……)

 脳裏に、見慣れた青い背中が浮かぶ。しかし彼はモノではないので除外だ。

 あぁ、でも、そうだな……もし中身が食べ物なら、彼と一緒に食べることにしよう。他の職員やサーヴァント達からも慕われている彼だが、今更ケーキ一つ分の時間くらい私が独占したところで、誰も文句を言わないだろうし。
 そんなことを考えながらプレゼントを開ける。

「──あ、あれ……?」

 中身は──空っぽ、だった。
 入れ忘れた? いや、私が中途半端な願いしか持ってなかったから何も貰えなかった?
 別にプレゼントを期待していたわけでもないが……こう、なにかしらを貰えたと思っていたものだから、流石に少し落ち込む。

「はぁ〜……まぁ、良いけど…………ん?」

 空の箱を机に置いたところで、底の方に何か白い紙が入っているのに気がついた。どうやら裏返しになったメッセージカードのようだ。なんだろう、と手にとってひっくり返してみると、見慣れない手書きの文字で、
 
「午後九時、北米の森で待つ」
 
 ──と、それだけが書かれていた。

「……? 誰が……」

 よく見ようとカードを顔に近づける、と、ふわりと嗅ぎ慣れた紫煙の香りが漂ってきた。

「…………ランサー……?」

 彼がたまに吸っている銘柄のタバコの匂い。なら、これはランサーが書いたのだろうか? ……ううん、判別がつかない、そういえば彼が日本の仮名文字を書くところなんて見たことがなかったかも。

(九時……)

 時計を見る。今から管制室へ向かって北米へレイシフトすればちょうど良いくらいの時間になるだろう。

「……個人的な娯楽のためにレイシフトするのはどうなのかな」

 そんな風に呟いてはみたけど、多分、私の頬は緩んでいる。鏡を見て確認するまでもない。

「しかも、北米の何処とか書いてないし、年代も指定してないし、迷子になったらどうするのさ」

 すっかり癖になっている不平の言葉。本当は嬉しい癖に、いつも素直になれやしない。

「…………ばか、」

 ──だから今日は、彼に会う前に全部言い切ってしまおう。
 私はお気に入りのコートに腕を通しながら、誰に聞かせるでもなくまた悪態を吐いた。
 


 ──肌寒い丘の上、大きな針葉樹の下に、彼はいるらしい。
 管制室へ行くと、ダ・ヴィンチ女史をはじめとした幾人かの職員が「まってました」と言わんばかりの顔で待ち受けていた。

「さ、準備はできてるよ」

 不思議と私よりも幸福そうな顔さえしている彼ら彼女らは、私の背を押してコフィンへと押し込む。準備って、なんの? と問いかけても、秘密、としか返してはくれなくて、私は期待と少しばかりの不安を胸に冬の北米へとレイシフトした。

「……はぁー……」

 白む息にさえ胸を高鳴らせながら丘を登る。大きな針葉樹、と言われても、そんなのたくさんあるというのに。──そのはずなのに、私はなぜかこの上に彼がいるんだろうなと妙な確信を持って歩き続けた。
 そうして、妙に急勾配なその丘をもうすぐ登りきるであろうという頃に、ぴかぴかと光っている人工のお星様が私の視界に飛び込んできた。

「──わぁ」

 それが、クリスマスツリーの先端にある飾りなのだと気づいた私は、少し早足で坂道を登り切る。目の前には、イルミネーションで装飾された一際大きな針葉樹と──彼の姿。

「ランサー」
「おう、きたか!」

 ツリーを見上げていた彼が私を振り返る。いつからここにいたのだろうか、彼の頬と鼻の頭が赤くなっているのを見て、私は「もしかして」と口を開いた。

「これ、ランサーが?」
「まぁな」

 二人で揃って天然のクリスマスツリーを見上げる。カラフルに点灯するライト、可愛らしいオーナメント、所々にぶら下がる小さなぬいぐるみ……それなりの大きさがある針葉樹だ、これを全て装飾するのは彼といえどそれなりに時間はかかっただろう。

「……寒くなかった?」
「生身のお前とは違うからな、割と平気だぜ」
「そっか……」

 きらきら光るクリスマスツリー、これが私へのプレゼントということになるのだろうか。そんなことを考えながらこっそりと彼の方へ視線を向ける。……何故か、ツリーではなく私を見ていた彼と目が合った。

「……なんだよぉ」
「良いもんだなと思ってよ」
「? ……そうだね、本当にきれい」

 はぁ、と白くなる息を吐きながら、私はまたツリーを見上げた。変なランサー、良いと思うならもっとちゃんと見ていればいいのに。
 ……いや、まぁ、飾りつけしたのは自分だから、もう見飽きてしまったのかもしれないけど。

「おおきいねぇ」
「ん」
「すごいねぇ」
「そうだな」
「……でもちょっと寒いね」

 はぁ、と手に息を吐きかける。よくよく見ると、指先が少しだけ赤くなっていた。

「ほら、手、貸せよ」
「! うん……えへへ」

 そんな私に、彼が手を差し出した。同じように少しだけ赤くなった指先を握りしめると、同じくらいの体温のはずなのに、何故だか不思議と温かい。
 もし、ここに居るのが二人だけでなければ、多分、私は手なんか繋がなかっただろう。恥ずかしがって、強がって、それで終わり。我ながら、損な性格をしていると思う。

 ──あぁ、そうか、

(この時間が、私へのクリスマスプレゼントなのかも)

 大好きな人と二人きりで過ごせるクリスマス。……世界の危機とかいうそんな状況で、そんなもの望めるもんかと少しだけ諦めてもいたけれど、レイシフトの性質上、本当の二人きりではないけれど──それでも、今確かに、私たちは二人でここにいる。

「ねぇ、ランサー」
「なんだよ」
「…………ありがとう」
「おう」

 彼の大きな手をキュッと握る。同じように彼も私の手を握り返してくれる幸せを、私はただ噛み締めていた。
 
 
 




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