こどものひ



 はたはたとたなびく魚の旗。室内用のそれを見上げながら俺はうっかりため息を吐いていた。

「おや、どうしたんですかセタンタくん。浮かない顔で」
「……金ピカの、小さい方」
「あはは、その呼ばれ方はちょっと不愉快ですねー」
「まぁまぁ、ギルガメッシュ」

 小さい方のギルガメッシュと、小さい方のイスカンダル……アレキサンダーだったか。とにかくその二人が何故か俺の前でニコニコと微笑んでいる。

 ――その頭に、紙でできた兜とやらを載せて。

「……嫌じゃねーの? それ」
「え? うーん、特に嫌じゃないな。マスターが作ってくれたものだし」
「同じくです」

 にっこりと笑う二人。……そして、その二人と同じく青い紙の兜を頭に載せられた俺はといえば、この場でただ一人だけその処遇に納得がいかないまま唇を尖らせていた。

「むしろ君は何が嫌なんですか? 別に何かしろと言われているわけでもありませんし」
「うん。あ、そういえばこの後ニホンのカシワモチを一緒に食べようって言ってたよ」
「へぇ、僕はそれはいいかなー、あっちのみなさんとどうぞ」

 あっち、と子ギルが指さしたのは、やけに楽しそうなマスターと、その横でこれまた楽しそうな顔で笑うボイジャーとパリスの三人だった。

「すごいねぇ、このおさかなは、どうしてとんでいるんだい?」
「空調をちょっといじっちゃった。私の生まれた国ではね、みんながすくすく育ちますようにーって願いを込めて飾るんだよ」
「へぇ、そうなのかい?」
「わぁー! キレイなお花もありますね!」

 きゃあきゃあとはしゃぐ二人を、やけに温かな眼差しで見守るマスター。知っている、あれはそう、年少者を見守る「保護者」の目だ。……知っている、だって、俺も同じ目で見られているようであるし。

「もしかして、子ども扱いされるのが不服なんですか?」
「……」

 図星だ。
 つまるところ俺は、あれらと同じ扱いを受けているのが不服なのである。

「……俺、確かに他の俺よりは若いけどよ、身長《タッパ》だけならマスターよりあるんだぜ」
「たしかに、僕らの中では一番大きいよね」
「だからって、そうやってすねてる姿は子供そのものですけどねー」
「…………うるせぇ」

 そんなの自分が一番よくわかってる。けどやっぱり、子供扱いは納得がいかないのだ。

「他の俺のことはちゃんと男としてみてるってのに、俺だけ、これだぜ?」
「あぁ、なるほど」

 少し眉を下げて笑う顔がやけに腹立たしくて、俺は「なんだよ」と言いながら二人を睨みつける。残念ながらそんなことでひるむような奴らでも喧嘩を買ってくれるような奴らでもないが故に、俺は一人相撲のような心地でその辺の椅子に腰かけた。

「……つまんねぇ〜……」
「あはは、逆に考えたらいいんじゃないですか? 役得ですよ」
「そうだね、マスターはどうやら年下好きのようだし」
「俺の欲しい好きじゃねぇから嫌なんだろ」
「若いね」
「ですね」
「その見た目で言われるとなんか馬鹿にされてるみてぇ」

 まさかまさか、と手を振る二人から目を逸らし、遠くのマスターをじっと見つめる。……ボイジャーとパリスに囲まれて、本当に心底楽しそうだ。

(面白くねぇ……、――あ、)

 ふと、彼女と目が合う。

「――セタンタ、」
「……!」

 ふわり、微笑む顔が可愛らしいと思った。心を許した相手にしか見せないであろう笑顔、目を細め眉を下げ、頬を薄紅色に染めて、無邪気に、なんの警戒心すら見せない、無条件の信頼がにじむ表情。

 それは確かに、ここの誰でもない俺だけに向けられるものであり、
 ……他の俺にはきっと向けられない、気兼ねのない、彼女の心からの顔なのだろう。

「なーんだ、もうすでに特別じゃないですか?」
「そうみたいだね」

 笑う声はもう気にならない、そんなことよりなにより、彼女が俺を呼ぶ声の方が、強く、耳に残っているから。

「……まぁ、いいか」

 今は、まだ。

(でもいつかは俺のことも、ちゃんと男として見てもらわねぇとな)

 それまではこの「子ども扱い」という立場を最大限利用してやるのも、悪くはなさそうだった。
 
 
 
「プロトくんも折り紙の兜、かぶってくれるかなぁ」
「いや、さすがにあの俺は子供って歳じゃねぇだろ……」
「うーん、やっぱりこの人の年下認定ガバガバ過ぎますねー」
「ははは」

 




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