アタランテ
 美味しいりんごを貰ったから、ちょっと暇だったから、私がそれを食べたかったから。

 言い訳をいくつか並べながら、私は出来立てのアップルパイを切り分ける。そう、これは私が私のために作っただけのこと、それで、そういえば彼女はりんごが好きだったなと思い出しただけのこと。

 だから、他意など無いのだ。……そんなに、無いのだ。

「ア、アタランテ、居る?」

 彼女がレクリエーションルームにいると聞いた私は、大きめのパイを乗せた皿を片手にその扉を開く。中には、目的の彼女、アタランテと、彼女の周りで走り回る数人の小さなサーヴァントの姿があった。

「うん? マスターか、何か用か?」
「お母さん!」

 先に走り寄ってきたのはジャックだった。私に飛びつく小さな身体を、皿を落とさないよう気をつけながら受け止める。

「なんだかいい匂いがするね」
「ほんとだわ! マスター、それはなぁに?」

 続いてバニヤンとナーサリーがそう言って私の手の上のそれを見上げる。そして三人が声を揃えて「アップルパイだ!」と嬉しそうに飛び上がった。

「あー……うん、ふふ、そう、アップルパイ、みんなで食べようか」

 本当は彼女と二人で食べようかと思っていたんだけど……とは、口には出さない。おやつを欲しがる子供を前にしてそんな野暮なことを言うほど私は人でなしではないし、きっと彼女もその方が喜ぶだろう。

 一人一切れづつ手渡すと、彼女達は満面の笑顔で「ありがとう!」と言ってそれを受け取った。最後に残った二切れの片方をアタランテに差し出すと、「私もか?」と少し驚いた彼女が数度瞬きをする。

「うん、好きだったよね、りんご」
「ああ……感謝する、マスター」

 そして最後の一つは自分の分。すでにパイを頬張っているみんなを見ながら、私も「いただきます」と呟いてそれにかじりついた。

「おいしー!」

 そう言ってくれたのはジャックだろうか。そうでないにしろ、三人とも笑顔で食べてくれているということは、気に入ってくれたということだろうか。それはとても嬉しいことだ。

「うん、美味しいぞ、マスター」
「……! それは良かった」

 一番欲しかった彼女の賞賛の言葉につい頬が緩む。……あぁいや、これは私が私のために作ったのだけど、そういうことにしているんだけど、それでもやっぱり、褒められるのは嬉しいということで。

「……なぁ、もしかして、これは私のために作ったのか?」
「え」

 じ……と、彼女が私の顔を見つめる。私は少し狼狽えながら「い、いや、りんごがあったから、たまたま」と用意していた言い訳を並べ立てた。

「そうか? ……ふふ、なんであれ嬉しいよ、ありがとうマスター」

 よしよし、と私を撫でる彼女の手はまるで子供達にそうするような手つきで、嬉しいながら少しだけ不満でもあった。

「私は子供じゃないですよ……」
「ふむ、たしかに子供と言うには少し大きいかもしれんな」

 ふふふ、と笑う彼女はそれでも私の頭を撫でる。……私から触れた時は、純潔の誓いがどうの、なんて言っていた癖になんだか不公平だ。

「だがなマスター、子供達と同じ様に、マスターも私にとって大切であることに違いはないぞ」

 ……やはりずるい、そんな事を言われてしまうと、恥ずかしいやら、嬉しいやら、私は黙って撫でられるしかないじゃないか。
 ああでも、子供達と同じ≠カゃ、やっぱりちょっと、悔しいかも。

「むぅ……やっぱ、走る練習しようかなぁ……」
「おや、それは楽しみだ。私より速くなるのを待っているぞ」
「目標が敏捷A……道のりは長いね」

 そう言って笑いあい食べたアップルパイは、甘いシナモンの香りと、なんだか優しい味がした。