エミヤ
 彼が黙々と手を動かす。私はただ静かにそれを見る。

「……楽しいのかね」
「うーん、別に楽しくはないかも」

 はぁ、と聞き慣れたため息と共に、彼がその手に持ったお鍋をシンクに置いた。

「そうだろうとも……だから私のことは放っておいて、他のサーヴァントの所にでも行くがいい」
「それはやだ」
「君な……」

 彼がキッチンで内職を始めてからどれくらい経ったのか正確には覚えていないけれど、私は彼が、磨いたりだとか、研いだりだとか、洗ったり拭いたりなんかをしているのをずっと側で見守っていた。

「今置いたのは何?」
「圧力鍋だな」
「普通のお鍋と何が違うの?」
「そうだな、鍋と蓋を密封する構造により加熱時に圧力を……」

 ウンヌンカンヌン、鍋についてのうんちくを語るアーチャーの声を聞き、ふーん、と興味のなさそうな返事をすると、彼がまた大きくため息をつく。

「……興味がないのなら聞いてくるのはやめたまえ」
「興味がないわけじゃないけど、難しいんだもんなアーチャーの話」

 見たことのない道具を手に取り、じゃあこれは? とまた彼に聞くと、彼はやはりしかめっ面のままで「それはだな……」と律儀に説明を始めてくれる。

「へぇー」
「…………君は知らないのかもしれないがね、たとえサーヴァントの身であっても感情というものはあるのだが」
「知ってる」
「ふむ、ならばこう言った方が良いか? 私にもされて嫌な事はある、と」

 彼の声が不機嫌そうに低くなる、どうやら怒らせてしまったようだ。私が「……ごめんね?」と首をかしげると、「その謝罪が本心からのものであると願うよ」と、仏頂面のまま次の調理器具を手に取った。

 それをまた整備し始めるのを同じように眺めていると、なんだか居心地の悪そうなアーチャーが、「まだ何か?」と眉間のシワを深くする。

「うーん……何も」
「ならばその目をやめてくれないか、穴が開きそうだ」

 何もないなら何処かへ行け、ということだろうか。ならば何か用を作ろうと色々考えて、やっぱりさっきと同じように「それはなんの道具なの?」と変わりばえのしない質問を繰り返した。

「……これは、低温調理器と言ってだな」
 問いかけられたアーチャーは、呆れながらもその質問に答えてくれる。私はそれを出来る限り興味津々という顔で聞く、が、アーチャーは全て話終わった後で「本当にちゃんと聞いているのか?」と訝しげな表情をした。

「……きいてた」
「君は嘘が下手なのを自覚した方が良いな」
「……ごめん、本当は半分もよくわかってない、かも」
「…………はぁ」

 何がしたいんだ君は、と言う彼の言葉に少しだけ落ち込む。何がしたいも何も、私は、ここに居たいだけなのだ。だから、

「……アーチャーの話、難しくてよくわかんないけど、よくわかんなくてもアーチャーの声を聞いてたかったから……だけど、それで嫌な思いさせちゃったのは、ごめんね。……もう少しだけ、ここに居てもいい?」

 素直に自分の想いを伝えると、彼は目を丸くしてから、戸惑うように視線を泳がせ、最後にぎゅっと固く目を瞑ってから今日一番のため息を吐いた。

「私の負けだ」
「負け?」
「あぁ……少し休憩にしよう、食べたいものがあれば言うといい」
「ほんと? ならパンケーキがいい! とびきり甘いやつ」
「夕食が入らなくなるぞ」
「大丈夫、夕ご飯もアーチャーが作るんでしょ? じゃあ、残さないもん」
「! 君には敵わないな……」

 何故か機嫌を直したアーチャーを不思議に思いながらも、彼のパンケーキが楽しみな私は冷蔵庫を開ける彼の背に飛びついた。危ないぞ、とは言いながら、彼も少し楽しそうに微笑んだので、私もつられて笑い返した。