ロビンフッド
「ロビン〜!」

 シュミレーターの森の中を彼の名を呼びながら歩き回る。人っ子一人居なさそうな雰囲気ではあるが、シュミレーターに入る彼の姿を見たのは確かなのできっと何処かには居るはずなのだ。

「ロビンー! ロビーン! いるのはわかってるんだぞー! どこだー!」

 木の上も、切り株の影も、茂みの中だってくまなく探す。だが、どこにも彼の姿はなく……というか、もし彼が顔のない王≠使っていれば見つかるわけもないんだけど。

「ろーびーんー!」
「……あ〜はいはいはいここですよ」

 それでも諦めず彼の名を叫ぶと、降参ですよ、と言わんばかりに両手を挙げて、彼が突然目の前に姿を現した。

「やっぱり居た」
「ったく……オタクなぁ、シュミレーターとはいえ一人で何やってんすか」
「ん、でも、エネミーの出現設定もされてなかったし……むしろロビンこそ何をしてたの?」

 見渡す限りの木、木、木……シュミレーターを利用するサーヴァントは主に、模擬戦闘を目的としていることが多いので、こんな平和な空間が展開されているのはもはや違和感だ。いつもならこう、合成獣《キメラ》だとか、オークだとか、ワイバーンだとか、そういうモンスター系がわんさか湧いているはずなのに。

「ちょっと静かなとこに居たかっただけですよ……森は落ち着くんで」
「ふぅん、そっかぁ……じゃあお邪魔しちゃったね」

 申し訳なさに、ごめんね、と謝罪の言葉を口にすると、彼は「あー、いや」と何故か少し困った様に頭をかいた。

「別にオタクならまぁ良いっつーかなんつーか……っていうか、なんか用があったんじゃねーんですかい」
「……?」

 彼に、用事……? そんなの、

「別にないけど……」
「はぁ?」

 ちょっとだけ大きな声でそう言われて驚く、やっぱり用がないのに探し回ったのは迷惑だったのだろうか。

「えー……するとなんだ、オタク、用もないのにあんな必死に俺を探してたのか?」
「う、うん……そうだけど……やっぱりダメだった?」
「いや……はぁ〜……オタク、そういうとこあるよなぁ」

 呆れたような彼のため息に私は身を縮める。

「……怒った?」
「いやいや、怒ったわけじゃなくてですね、なんていうか……物好きだなぁと思っただけですよ」

 怒ってないなら良かった、と胸をなでおろしてから、物好き? と首をかしげる。なんのことだ。

「オタク、俺のこと好き過ぎやしませんか? ってことっすよ」

 わはは、と笑うロビンのその一言で、彼の言っている意味を理解して、固まる。
 いや、何も考えていなかった訳ではないが、そうか、たしかに、用もないのに彼を探していた、というのは、そう取られてもおかしくはない、し、まぁ、実際、そう、なので、否定もできない、し、その、

 ――かおが、あつい。

「…………いや、なんでオタクが、赤くなってんすか……」
「うっ、その……なんか改めて言われると照れるというか……」

 そう言うロビンの頬も心なしか赤い。なんともいえない空気の中しばらくお互いに黙り込んでしまい、どうしようかと思っていると彼が先に口を開いた。

「と……とりあえずシミュレーター、出ます? そろそろ腹も減る時間ですし……」
「サーヴントって、お腹すくの?」
「……俺一応気ィ使ったつもりだったんすけど」
「あ……えと……ごめん」

 再び、沈黙。
 いたたまれない、本当にいたたまれない雰囲気だ。気を遣ってくれているのか、彼がまた先に「か、帰りますか」と声をかけてくれる。

「……う、うん、でも」
「?」
「も、もうちょっとだけ、二人でいたい、です……」

 今度はロビンが、固まった。「そ、そうですか」と、さっきよりも赤い顔を顔のない王≠ナ隠し、戸惑うように視線を彷徨わせる。

「……〜っ、あーもう、こういう正統派みたいなのは俺の専門外なんですけどねぇ」
「え、んと、ごめん……?」
「いやあんたが謝ることでもないでしょうけど」

 バツの悪そうな顔をして、彼が手をこちらへ差し出した。私が「え?」と瞬きをすると、彼は覚悟を決めるように一度ぐっと目を瞑ってから、真っ直ぐに私の顔を見る。

「……あー、とりあえず、歩きます? 一緒に」
「……! う、うん……」

 そう返事をして、彼の手を取った。私達は二人して真っ赤な顔をしたまま、仮初めの森を歩き始める。
 握りしめた彼の手は、エーテルで出来てるとは思えないほど、ひどく熱を持っていた。