エリザベート
「エリザベート、私にはあだ名はつけないよね」
「何よ、突然」
「うーん……だって、リツカちゃんのことは、子ジカって呼んでたから」

 アタシの髪を梳きながら、マネージャー候補の彼女がそんなことを言ってくる。生意気なやつ、子ジカと自分が同等だとでも思っているのだろうか。

「貴女にはそんなの必要ないわ」
「そっか……ちょっと、寂しいな」

 しゅん、と目に見えて落ち込む彼女を見て、なんだか胸がムカムカする。何故そんなに悲しげな顔をするんだろう、こいつは。

 ……本来であれば、アタシがわざわざ気を使う必要なんてないのだけれど、こいつも毎日頑張ってはいるし? まぁ、マネージャー候補にも夢を見せてあげるのは、偶像アイドルとしての仕事の一つと言えなくもないし?

「……仕方ないわね! 少し考えてあげる」

 そういうと、鏡越しの彼女がパアッと顔を輝かせた。単純なやつ。

 アタシはむむむと考える。彼女には何が似合うだろうかと考える。
 子イヌと子ジカはもういるし、子ブタや子リスはなんだか違う。子グマでは強そうでムカつくし、子ネコもなんだか気にくわない。
 そうやって考えて考えて考えて考えて…… アタシは、あぁもう! と叫び出した。

「ぜんっぜん思いつかないじゃない! もう頭が痛いわ! なんであんたのためにアタシがこんなに悩まなきゃいけないのよ!」

 がりがりと頭を掻き毟るアタシの手を、彼女が止める。「大丈夫? 無理はしなくていいよ」と控えめに笑った顔に、アタシはまたイライラしてた。

「なによ、あなたが欲しがったんじゃないの!」
「うん、そうだけど」

 彼女の温かな手がアタシの手を握る。ただそれだけなんだけど、アタシはちょっとだけドキッとして、でもそれを認めたくなくて、ムッとした表情のまま次の言葉を待っていた。

「エリザベートが私のために一生懸命考えてくれただけで嬉しいから、いいよ。……ふふ、エリザベートは優しいね」
「な……!」

 そう言って、ピンク色の頬で微笑む彼女。それだけなのに、本当にそれだけなのに! アタシはなんだか顔が熱くなっていって、尻尾までずーっと熱くなって。
 このままじゃ本当にドラゴンステーキにでもなっちゃいそうなアタシは、「あ、当たり前じゃない!」といってふいとそっぽを向いた。

 ──なんて生意気なやつ、なんだかペースが乱されて、なんだかすっごく、むかつくやつ! ……だけど、

 ……今度ライブをする時は、最前列のチケット、取ってあげてもいいかもね? 

 なんて。