——誰が一番かっこいいか、なんていう、よくあるくだらない話です。
「選択肢が多すぎて決まらないよね、実際」
同僚の何人かとそんな与太話に興じる休憩時間。おやつには遅く夜ご飯には早いこの時間には、さすがの食堂も閑散としていた。そんな中、私たちは花の女子高生にでも戻ったかのような心地で次々と男性サーヴァントの名前を口にする。
「私はやっぱりアーサー王が……」
「いやいや、円卓ならガウェイン卿じゃない?」
「トリスタンさんもとても素敵だと思うの」
各々の好みが如実にでるなぁ、なんて笑いながら聞いていると、ふと誰かが「自分はモードレッドが、」と言い出したのを聞いた。なるほど、そうか、そういうのもありなのか、と気づかされた私の頭には、一人、とある英霊の顔がぼんやりと浮かびあがってくる。
「で、貴女はどう? 誰がかっこいいと思う?」
そのタイミングでそんな質問をされてしまったものだから、私は深く考えることもなく、その名前を口にした。
「……カイニスかなぁ」
「へぇ、意外〜」
「そう?」
特に意外でもなんでもないような気もするが。
なんせ、彼女……彼? は、とにもかくにも格好いい。立ち振る舞いも言動も、考え方だってそこらの男なんかよりずっと「男前」だ。鍛えられた身体の美しさもさることながら、まずシンプルに顔が整っている。頭部には可愛らしい耳のようなものもついているが、そんなもの気にもならないくらいに顔が良い。そう、本当に、めちゃくちゃ綺麗だと思う、本当に。
そして機嫌の良い時にだけ見せるあの笑顔を思い出すと、(身体的には)同性ながらも、思わず胸を高鳴らせずにはいられないのだ。
「……うん、やっぱカッコいいよ、神霊カイニス、ちょっと抱かれたいななんて思っちゃうもん」
「——へぇ?」
突如聴こえてきたその声に、私は思わず持っていたスプーンを取り落とす。それが紅茶のカップにとぷんと沈むのを確認してから、私はゆっくりと声の主を振り返った。
「か、し、神霊カイニス……さん……」
「面白い話してんじゃねぇか、で、なに? あんた俺に抱いて欲しいって?」
細められた瞳が私を見下ろしている。ただそれだけのことなのに、私の身体はぶるりと震え上がった。
怒っている……という様子でもない、特に嫌悪や軽蔑を向けられているわけでもないが、「好き勝手自分の噂話をされていれば面白くはないだろう」という私の思考は、相手の感情などは度外視で悪い方にばかり想像が進む。例えば、このままここで罵声を浴びせられるか、後日人気のないところに呼び出されてとんでもない目に遭わせられたりするのではないか、というような。
——しかし幸運なことに、今日の神霊カイニスの機嫌は、そう悪くはなかったようだ。
「あ、えと、今のは違くて……いや違くないんですけど、ご、誤解があるといいますか……!」
「いいぜ」
「…………えっ?」
愉快そうに口の端を上げ、むしろ上機嫌だとでもいうような声色で彼はその三文字を口にする。
いいぜ、とは? ……なにが? ええと、いま、なんの話をしていただろうか——そんなことを考えながら混乱している私に、ぐい、と、端正な顔が近づいた。
……いや、違う、私の顔が引き寄せられたのだ、彼の手で。
「——あんたなら、相手してやってもいい」
それがどういう意味か理解するよりも早く——私の視界は反転した。
「なーんてな、冗談……あ? おい、大丈夫かよ……あー…………ちっ、しょうがねぇな」
最後に聴こえたのはそんな彼の声。よくは覚えていないけれど、みんなに聞いた限りでは私はその場で気を失ってしまったらしい。そんな私を彼はやれやれという表情で部屋まで抱えてくれたとも。
目が覚めてすぐに、迷惑をかけたことよりも、その彼のたくましい腕の温かさを覚えていないことを惜しむような私は、面倒見の良い彼には不釣り合いだってよくよく理解はしているつもりだけれど——
——あの時のあの言葉が、冗談じゃなければいいのに、なんて期待して、やっぱり頬は熱くなってしまうのだ。