バーソロミュー
「マスター、髪が伸びてきたようだね。もし良ければ少しその髪を下ろしたりはしてくれないだろうか」
「却下です」
「相変わらずつれないな、君は」

 相変わらず、はこちらのセリフだ、その提案は一体何度目だっただろうか。呆れた私は何故か異様に顔の近い彼の胸を両手で押し返し、数センチの距離を十数センチにまで広げる。

「残念、実に残念だ、美しい君がその美しい瞳を隠すことによって、その魅力は更に高まると私は踏んでいるんだが」
「……却下」

 彼のこの手の話に乗っかると、いつまでも話が尽きないのはすでにこの身で体感済みだ。やれメカクレの魅力だとか、こういうのが良いだとか、こんなのも良いだとか、だからマスターも、だとか。

 別に彼が、聞いてくれ! とそれを強要しているわけではないのだが、そうやって語っている彼の瞳はキラキラと輝いていて……結局、楽しそうな彼の話を中断するのがしのびなくて最後まで聞いてしまう。
 今回もきっとそうなる……そうはわかっているのだが、つい、私はその話を彼に振ってしまっていた。

「そもそも、親しい者だけがその瞳を見ることが出来る秘匿性? っていうのが好きなんでしょ? 今から私が目を隠したところで秘匿性なんてないと思うけど」

 それは前々から少し気になったいたことだった。よく彼は、私を含め何人かに「メカクレになってみないか(意訳)」と声をかけたりしているが、それは、どうなのだろう、と。
 元から見えているものを今更隠したところで、秘密も何もあったものではないんじゃないのか、と。

「ふふ、マスター、私はたしかにその秘匿性を愛してやまないわけだが……それはそれだな」
「そ、それはそれ?」
「ああ、先ほども言っただろう、メカクレでなくとも私は君を好いているのだから、好いている君が更にメカクレになってくれたのなら嬉しいという話だ」
「……!」

 その言葉に顔が熱くなるのが自分でもわかる。恥ずかしい人、爽やかに良い顔でさらっと「好き」なんていうもんじゃないのに。
 ……そもそも、さっきは好きなんて言ってなかったくせに。

「だが、そうだな……マスター」

 彼の手が私の頬に触れる。その真剣な眼差しを受け、私は出来る限りの平静を装って「何?」と彼の瞳を見つめ返した。

「……君のその瞳を、私だけの物にしたいと思う事がある。その美しい宝石を、誰の目にも触れないようにして、私だけに見せてくれたなら、と……」

 私よりも大きな手のひらが、私の顔を撫で、その親指が、優しく、静かに私の瞳の下をなぞる。
 それだけだ、彼がしたのはそれだけなのに、私は何故か彼から目が離せなくなって、愛おしげに細められた彼の目を見ながら、「宝石と言うのなら、貴方の瞳だってそうじゃないか」などと、考えるだけ考えて、結局声になんて出来ずに小さく「ずるい」とだけ吐き出した。

「顔が、良いのは、ずるい、よ」
「おや、私がハンサムなのは元からだ」
「じ、自信がすごい……」
「君が今言ったんだぞ、私の顔が良いって」

 軽口を言って笑う彼は、私がそれでもメカクレになるつもりが無いことを悟ると「本当に残念だなぁ」と言って私から手を離す。……少し、寂しいと思ってしまうのは、何故なのか、考えてしまったらもう、きっと戻れない。
 少しだけ熱の下がった頬に安堵し、少し俯いていた視線をあげる、と、その瞬間私の視界は奪われた。私の目を覆い隠したものが彼の手であると認識すると同時にそれ越しに何かがぶつかる感触がする。

 不思議に思い「バーソロミュー?」と彼の名を呼ぶと、彼は小さく笑った後、口を開いた。
「だがマスター、知っての通り、私は悪い海賊だ。欲しい物は奪い取るさ……例え、君だろうとね」

 ──それは、「欲しいものなら、私相手でも、奪ってみせる」ということなのか、それとも、「私自身を、この手の中に」ということなのか。
 後者ならなんと甘美な愛の言葉なんだろうか。だがしかしその言葉がどちらの意味であったとしても、指の隙間から覗く彼の表情が、略奪者≠フそれであったことは、まぎれもない事実であった。
 

 
 
 
(ああ、でも、うん、奪われても、良いのかもしれない。)
 貴方になら。