カエサル
 いつでも我が寵愛をくれてやるぞ、と、彼は言った。クレオパトラとカエサリオンの話をした、その舌の根も乾かぬうちに。

「……そういうのは、私はどうかと思います」
「何がだ?」

 はて? と私のジト目の理由もわからず、カエサルが首をかしげる。時代の違いか文化の違いか、似たようなことを言う英霊は少なくはない。最近はそれにも慣れてきたが、しかし私はそれに応えるつもりはさらさらない。

「クレオパトラに聞かれたら、どうなる事か……」

 カエサルを怒るのか、私に怒るのか、悲しむのか……とにかく傷つくだろうな、彼女なら。
 そう思うと気が気ではない、カエサルのことが嫌いなわけではないけれど、彼女を傷つけるのは嫌なので。

「それで、私の寵愛を受ける気になったか?」
「ううん」
「そうか、それは残念だ」

 けろりとした彼の物言いにまた一つため息を吐く、本気じゃないなら尚更もう言わないでほしい。なぜこうも、英雄だとか統治者だとか言う人達は、「自分に愛されること自体が褒美じゃろ?」みたいな顔をするのか。

「ふむ、何か悩みかなマスター、恋の悩みだと言うのなら……そうだな、目の前の男に相談するのが最善であろう」

 私のため息をどう解釈したのか、彼がそんなことを言ってきた。ここで「カエサルのせいだよ」などといえばまた勘違いを引き起こし面倒なことになる気がするので黙っておく。

「美しさを求めるのであれば、我が妻、クレオパトラに相談するのもよいだろう、知っての通り彼女の美しさは……」
「んんん……」

 また始まってしまった、カエサルの嫁自慢。その話は何度目だろう、と呆れながらも、彼の楽しそうな顔を見ると私はついつい止める気をなくしてしまっていた。
 まぁあと少しくらいは、この話に付き合ってあげてもいいかもしれない。