酒呑童子
「鬼は〜外、ってあるでしょ? あれって、酒呑たちの時代にもあったの?」

 ぼんやり、そんな擬音が似合う顔をして、マスターが何やら問いかけた。その手には豆まき・・・用の大豆の入った升があり、それを見下ろしながらわざとらしくため息を吐いてみせる。

「追儺の儀やねぇ、あったわぁ……なぁに? マスターも、うちのこと追い出してしまうん?」

 ふふ、と悪戯に微笑めば、純粋な彼女は「しないよ! これは、ほら、今日は節分だからって……」などと言い訳をしながら、空いた片手をぶんぶん振って否定して見せた。

「そお? ほんまに?」
「うん! ……じゃあ、うちでは鬼は内……の方が良いのかなぁ」

 ひょいと一粒豆をつまみあげ、光に透かすみたいに下から覗き込む。そんなことしたって、何も見えないのにねぇ、その様子がおかしくて、喉の奥でクク、と笑った。

「それじゃあ、福が逃げてまうんと違う?」
「大丈夫! 福も内〜って投げるから!」
「あら……ふふ、欲張りさんやねぇ」

 自信満々な顔をして胸の前で拳を握りしめる彼女は、自分がそう言い返したのを聞いて、きょとんとた表情で「よくばり……」と繰り返すように呟いた。

「……欲張り、かぁ、えへへ」
「? なぁに、どうかしたん?」
「ん……あのね、私が欲張りだっていうなら、鬼の酒呑とお揃いだね、って思って」

 一緒だね、嬉しいね──なんて、まんまるの眼を細めて、白い頬を桃色に染めて、可愛らしく微笑むものだから──思わず伸ばしかけた腕を下ろして、やれやれというように感嘆のため息を吐いて見せる。

「いややわぁ、旦那はん、そないに可愛らしいこと言われたら──愛し愛しで殺してまうかもわからんよ?」

 鬼とは本来そういうもの。彼女だってよくよく理解しているはず。
 愛しいという感情は嘘じゃない、けれど、大抵の人間は脆い。少し遊んだだけで、簡単に壊れてしまう。だから──

「──じゃあ、酒呑に殺されないように、強くならなくっちゃね」
「……!」

 殺す、と言葉にしたはずなのに、変わらずにこやかにそう告げた彼女。面食らってしまったのは自分の方だった。

「…………ほんまに、変わった御人やねぇ」

 眩しくて、純粋で、愚かで、愛おしくて、不思議と惹かれる魅力のある御人。

 ……あぁ、この子が、人理などというもののためにその命を尽きさせることがあるのなら、いっそ──酒に溶かして、飲み干してしまおうか。

 そうだ、そうして、胎の中に仕舞い込んでおこう。だってそうでなければ、勿体無い・・・・
 けれど──

「酒呑」

 ──そうやって、自分に呼びかける声と、向けられる表情を、もう少しだけ見ていたいと思うので──

 ──もう少し、
 もう、少しだけ、このまま。