「あげる」
簡潔な一言、それだけ言って、私のマスターであるところの彼女は
「なんですか、これ」
「? 聖杯だよ」
「そういうことではなくてですねぇ……」
はぁ、とため息。いい加減にしてくれないだろうか。何度も何度も──忠告したはずだ。何度も何度も──忠告されているはずだ。
──私の前で、無防備な姿を晒すなと。
「……あの、わかってます? 私一応、貴方がたの敵だったんですけど」
「そうだね」
「あなた方の敵だったんですよ?」
「うん」
「…………今からでも、
「うん……それはちょっと困るんだけど」
でしょうね、とまた長く息を吐くと、彼女は照れたように困ったように微笑む。……困ってるのは私の方なんですけど。
「だったら──軽率にこんなもの、渡さない方がいいと思うんですけど?」
じ、と彼女の瞳を覗き込む。馬鹿な人、こんなもの渡されて、私が何かするとか考えないんだろうか。
例えば、その魔力を使って貴女や貴女の周りの人を堕落させることもできるし、それを盾に偉そうにしてる人達に無理難題をふっかけることもできそうだし──
──それを使ってまた特異点を作り出したりなんかも、できるんですよ?
「……本当にわかってるんですかぁ?」
わかってるなら、どれだけお人好しの貴女だって私に渡そうなんて思うはずない。
そう思ってるのに──
「でも、貴女に使って欲しいと思ったの」
──そんなことを言って、また馬鹿みたいに微笑んだから。
(本当、愚かな人)
私のこと信じてますみたいな顔して、私は愛の女神なのに、私は貴女みたいな矮小な人間を愛する側なのに。
私なんかより、もっも魅力的なサーヴァントなんて、たくさんいるはずなのに。
なのに──なのに貴女が、いかにも私のこと大切に思ってるみたいな顔して、そんなこと言うから──
「──もらってくれる?」
差し出された聖杯を、私はとうとう、手に取ってしまったのだ。