斎藤一
「私と遊びませんか」

 目の前の少女が、頬を赤く染めながらそんな事を言った。

「……え、なにマスターちゃん、どしたの」

 へら、と笑ってそう聞き返すと、彼女は「遊び人なんでしょう?」と少し拗ねるような声でそう返した。
 そうは見えないでしょ? なんてふざけて話した与太話を、彼女はどうやら律儀に覚えていたようで、それでいて、俺に「一晩どうか」と誘いをかけているらしい。

「いやぁ、なになに? もしかして僕に惚れちゃった? いやーまいったねこりゃ」

 ははは、と一笑。しかし彼女はそれには何も答えない。……茶化していれば「冗談だった」と言い出しやすかろうとも考えたが、どうやら彼女は撤回するつもりはないようだ。

「……まいったね、こりゃ」

 ──人の気も知らないで。……とは、言わず、俺は俯く彼女の頭を撫でる。

「あのねぇ、女の子がそんなこと簡単に言うもんじゃないよー……僕じゃなかったら、本気にしちゃってたかもしれないんだから」
「……! 冗談、なんかじゃ」
「マスターちゃん」

 彼女の言葉を遮ると、その眼が真っ直ぐ俺を見た。瞳にいっぱいの涙を溜めて、今にも泣き出しそうな顔で、俺を見た。

(……そんな顔させたかったわけじゃないんだけどな)

 それでも、俺はその気持ちには応えられないから。

「ほら──行こうぜ、みんな待ってる」

 そう言って、いつもみたいにへらりと笑って踵を返した。
 背後から鼻を啜るような音がして胸は痛んだが、これでいい、お互いの……いや、自分の為には、これで良かった。

(遊び、なんてとんでもねぇ……あんた相手にそんな余裕、ないんだよ)

 俺らしくもないことを考えながら頭をかく。この気持ちに、どうか、彼女が気づくことがありませんようにと祈りながら。