「やっぱり、砕け散る、というのは、痛い、んだよね」
俯いた彼女の小さな呟きに、俺は、うーん、と苦笑する。
「どうだったかな、もう生前の話だ、忘れちまった」
「……でも、使うたびに、同じ痛みを負ってるんじゃ……」
「そうだなぁ」
なんだか今日は元気がなかった彼女のために、用意したはずのホットミルク。結局一口も口がつけられないまま冷えてしまったそれを、少しだけ残念に思いながら見下ろした。
「だがあんたは、俺に宝具は打たせねぇからなぁ」
ははは、と笑う俺とは裏腹に、彼女は一層深く俯いて、「だって」と震える声を絞り出した。言葉よりも何よりも、涙が溢れてしまいそうな声だった。
「……再召喚が可能だ、って、説明されてわかっていても、私は、貴方が消えてしまうのが、怖くて……」
彼女の握りしめた両手が震えている。
「あんたは優しいな」
「……っ! そ、そうじゃ、なくて……」
頭を撫でると、彼女は小さく首を振った。なにが違うんだ? と問いかけると、やっぱり泣きそうな声のまま、彼女はこう答えた。
「私の指示で、私のせいで、貴方が命を落とすのが、怖い……私、弱いから、人類の為に死んでくれ、と命じる覚悟が、私には……」
私だって、マスターなのに、と、彼女の小さな声に、俺は一度撫でる手を止めた。そうか、彼女は俺に宝具を打たせるということを、そう捉えているのか。
「……やっぱり、あんたは優しい人だ」
そっと頬を撫で、濡れた目元を指で拭う。彼女はやっぱり、そうじゃない、と首を横に振るけれど、俺は「そうだろ?」と俯いている顔を覗き込んだ。
「そんなこと、慣れちまう方が怖いのさ。元々とっておきの一発だ、使わなくたって充分あんたを守れるように俺が強くなりゃいい話だしな!」
「アーラシュ……」
「それに、あんたがそれを弱さだというなら、あんたが強くなれるまで、側で見守っててやるよ」
顔を上げた彼女の濡れた瞳に、部屋の明かりが反射する。──綺麗だ。人理よりもなによりも、この瞳を守るためなら……そう思えてしまうほど。
「……だけどな、マスター。もしもの事があった時は……どうか、躊躇わないでくれ」
そう言った、彼の顔を覚えている。
「アーラシュ……ッ!!」
そんな顔するなよ、と困ったように笑う彼に手を伸ばした。しかしその手を掴んだのはマシュで、「先輩、もう……!」と洞窟へと私を引きずっていく。
「話はまだ、終わってない、のに……っ!」
涙で霞んだ視界の向こうで、私の憧れた大英雄は、にっと笑ってこう言った。
「いやぁ、すまんな嬢ちゃん、側にいるって言ったのに」
「……!」
なんで、
それを問うことも出来ず、私は洞窟に押し込まれた。
「────
そうして、初めて見た、彼の最期の輝きは──
──あぁ、こんなこと、思ってもいいのだろうか、彼が命を賭して放ったその一撃に、あまりにも、
──心を奪われた、なんて。
「……っ、」
聖槍ロンゴミニアドによる浄化の柱が、彼の一撃で相殺される。消え去るかと思われたこの村は、彼の命と引き換えに燃え残った。
日が昇って、わーん、わーん、と泣いている三蔵ちゃんの声を聴きながら、なにもなくなったその場所を見た。
彼が最後に立っていたその場所を。
「先輩……」
心配そうに私を呼ぶマシュに、「大丈夫だよ」と無理に笑ってみせる。彼女は何かを言おうとして、遠慮するように口を閉じた。
「私、ハサンさんたちのお手伝いに行ってきます」
うん、と返事をして私は空を見上げた。綺麗な青空だ、昨日のことなど嘘のように。
「……彼が、命をかけて、守ってくれた」
そう考えると胸が苦しいのに、少しだけ温かくなるのは何故だろうか。
「……私、頑張らなきゃ。だってそうじゃなきゃ、また会えた時、顔向けできそうにない、から」
それがきっと、強くなるってことなんだろう。深呼吸をして私は前を向く、私のために散っていった彼の命に恥じることがないように。
……でも、やっぱり、貴方がいないのは、
「寂しい、な」