貴方とシオンの花言葉
Chapter.6
彼に飲ませた薬は「大切な人を忘れる薬」、私はライブラのメンバーにはそう伝えて頭を下げた。大事なボスの頭の中身をいじられたのだ、叱咤も叱責も覚悟の上である。
けれど実際に向けられたのは、やりきれないという悔恨のような、悼みを持ったような視線。あれだけ怒りを露わにしていたスターフェイズさんでさえ、私の記憶以外は何も変わらない様子のクラウスさんを見て、「そうか」と一言言っただけ。
そうして、私は動機も含めた自身の犯行を全て話した後──事務所を出た。その後は、以前よりも事務所を訪れる回数を格段に減らしている。
当然だ、他のメンバーと親しくして彼に訝しまれても困るし、だからといって、ライブラのことを知り過ぎている私が、今更一般人みたいに生きていくわけにもいかないし。
できる限り彼のいない時を見計らって事務所に入り、いつも通りの仕事をこなして、何事もなく帰る。それだけ。
ザップと言い争う回数が減った。
レオとご飯を食べに行くことが減った。
ツェッドくんから借りた本は、返すタイミングを失ってしまった。
チェインさんとも飲みに行けない、KK姐さんのお子さんの話またききたいのに、ギルベルトさんの紅茶も、スターフェイズさんのお使いすらも、懐かしくて──
「── 、」
思い出すのは、クラウスさんが、私を呼ぶ優しい声。
私を撫でる大きな手、温かな体温。
柔らかな笑顔、正面から私を見据える、深い緑色の瞳。
──会いたい。
声が聞きたい、触れて欲しい、私を見て、微笑んで欲しい。
それらが未来永劫叶わないというのは、想像していたよりもずっと苦しくて、悲しい。
それでも、あんな思いをするよりずっとマシだ──そう、思って私は彼の元を離れたのに。
なんで、どうして──
──私はまた、傷つく彼の背を見ることになったのか。
「み、すた、らいんへるつ……」
「──ケガ、は」
霞んだ瞳で彼が私を見る、掠れた声が私の安否を訊ねる。溢れそうな涙を堪えながら、小さく首を左右に振ると、彼は安堵するように「よかった」と呟いて意識を失った。
──どうして。こんな事が二度と起こらないように、こんな辛い思いしないために、貴方の記憶を奪うような愚行まで犯したのに。
「──クラウスさん……っ」
彼の服に私の涙が滲む。久しぶりに呼べた彼の名前は、彼に届くこともなく街の喧騒の中に掻き消えた。
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