ライオンの初恋


スーパーボール級
〜気づかせてくれたのは〜


 結果から言えば、バトルは俺の予想以上のものになっていた。

「アップル! りんごさん!」
「バイウールー! コットンガードだ!」

 二人が同時に叫ぶ、互いに良い選択だ。

(だが、それでもあまり効いているようには見えないな……やはり、リザードンのかえんほうしゃで)

「──ハイドロカノン!!」
「しまっ……!」

 死角から、ユウリくんのインテレオンが姿を現す、その視線は確かに俺のリザードンの方を向いていた。

(まずい、今のリザードンの体力で耐え切れるか……!?)

 すぐ隣で彼女のタルップルが鳴いた。そうだ、彼ならみずタイプのわざも受け切れるだろう。
 ならば──

「──ッ……」

 名前を、呼ぼうとして呼べなかった。
 彼女に、彼女と彼女のポケモンに、「盾になってくれ」と言うことが出来なかった。
 勝つのなら、勝ちたいのなら、それが最善だ。俺はそう確信している。

 勝ちたい──例え公式戦でなくとも、戯れのバトルであっても、俺は勝つことを諦めたくない。

 だが、彼女は、そうではないのかもしれない。

 そんな考えが俺の口を閉ざした、行動を一歩遅らせた、ああだめだ、そんな生半可な意思ではユウリくんとホップの二人には勝てるわけが──

「──アップル!!」

 彼女が、叫ぶ。それだけで何もかもを理解したかのように、タルップルはインテレオンとリザードンの間に飛び込んだ。

「……!」

 インテレオンのわざを受けて、タルップルは大きく吹き飛ばされる。倒れた彼はそれでも辛うじて残っていた力を振り絞り、震える四肢で立ち上がった。

「ダンデさんっ!」
「ああ、良くやった、二人とも──リザードン!!」

 咆哮、リザードンがインテレオンとバイウールーを睨みつける。

「だいもんじだ!!」

 視界がリザードンの背中と燃え盛る炎で覆い尽くされた。それから、
 それから──
 


「……負けた、な」

 飛び跳ねて喜ぶホップとユウリくんの姿が目に入る、その手前では、傷つき倒れ伏したリザードンが、力なく俺を見上げていた。

「リザードン、お疲れ様だ、ゆっくり休め」

 モンスターボールにリザードンを戻し、二人に向き合う、「俺達の負けだな」と微笑むと、ユウリくんは少しだけ眉を上げた。

「……? どうかしたか」

 ユウリくんが首を横に振る、もしかして上手く笑えていなかったのだろうかと思ったが、思い過ごしのようだ……それとも、ユウリくんが言わないでいてくれただけだろうか。

「ユウリ〜……! 俺、勝ったのか!? アニキに……あ、いや、俺一人の力じゃなくて、ユウリのおかげかもだけど……」

 そんなことないよ、と笑うユウリくんに、ホップはまた感極まって飛びついた。やれやれだ、あまり迷惑はかけないようにといつも言ってはいるのだが。
 楽しかったな、とホップが笑う。うん、とユウリくんも笑う。私もです、と俺の隣で彼女もそう言ったのだ。
 だから、俺も、と口を開いたところで彼女は、でも、と言葉を続ける。

「……悔しいです」

 伏し目がちに、かすれた震える声で、申し訳なさそうに彼女は言った。言った直後に、取り繕うように眉尻を下げて笑う。

「ホップくんもユウリさんもすっごく強くて、すっごく楽しかったです! 本当に……でも……、せ、せっかくダンデさんと一緒に戦えたのに、」

 しゅん、と肩を落とし目に見えて落ち込む彼女に、なんと言っていいかわからず俺は上げた腕の行き場を探していた。彼女は足元で鳴いているタルップルをボールに戻してから、今度はすねた子供のような顔をする。

「私が、もっと強かったら……もっと上手くやれてたら、ダンデさんと、勝てたのに……悔しい、ね、アップル」

 決して向こうで笑い合っている二人には聞こえないよう小さな声で言って、彼女が微笑む。
 
「──悔しい、よな」
 
 その声は、俺のものだった。
 そうだよな、悔しいさ、俺だって、悔しい、例えどんなバトルだって、負ければ悔しい、当たりまえだ。

(当たりまえだ)

 その当たりまえを、俺は今、何故隠そうとしたのか。

「──俺も、悔しいぜ」

 ぽつりと呟いた俺に、彼女はハッと顔を上げる。そして俺の顔を見て、何故か少し嬉しそうに、破顔した。

「ダンデさん、初めて見る顔してます」
「……俺は今どんな顔をしてる?」
「すごく悔しいって、顔です、ちょっと怖いかも」
「すまない」
「いえ、いいえ、私、そのダンデさんの顔も、好きですよ……そっか、ダンデさんでも、悔しいんですね」

 当然だ、としかめた顔に彼女の手が添えられる。「一緒ですね」と微笑む彼女は、いつの間にか俺よりも早く立ち直ってしまったようだった。

「君は強いな」
「そんなこと……慣れてるだけです、だってダンデさんが強いから」

 よく聞く言葉だ。俺が強いから、だから、

(俺に挑むやつはどんどん居なくなっていく)

 よく聞いた言葉だ。だから、

「……君は、諦めないんだな」

 少しだけ不思議だった。
 キバナもそうだ、何度負けても何度こんな思いをしても、俺に挑むことを諦めない。

「……ダンデさんは、諦めちゃうんですか?」

 今度は俺が弾かれるように顔を上げた。まさか、そんなわけない、と少し早口で答えると、彼女は俺の浮いた手を握り、

「じゃあ、やっぱり私達一緒です」

 と、一番の笑顔を俺に向けた。

「……!」

 胸が苦しい、これは、決して悔しさのせいだけじゃない。
 ああ、俺は、もしかして君に、

「アニキ?」

 俺を呼ぶ声で振り返る、ホップは俺達を見て、焦る様子で「あっ……ご、ごめんなんだぜ!」と何故か目線を逸らしていた。

「? ……あっ」

 何故だ? と視線を下に下ろすと繋いだままの手が視界に入る。俺が声を上げると彼女もそれに気づいたのか慌ててその手を離した。

「あっ、あ、ちっ、違……! これはその違うんですつい思わず勢いで……っ」
「いや! 大丈夫だぜ! 俺は何も見てないし……! な! ユウリ!!」
「あああだから違うんです違うんですぅ……!」

 ユウリくんの手を取り立ち去ろうとするホップを、彼女が走って追いかける。その様子が可笑しくて、思わず緩んだ頬を帽子で隠しながら、くくくと笑った。

「だ、ダンデさん! 笑ってる場合じゃなくて、お、弟くんの勘違いを……!」
「おっと、バレたか、ふふ、まぁ良いだろ」

 良いってなんですか、と真っ赤な顔で瞳を潤ませる彼女の頭を撫で、大声でホップとユウリくんを呼ぶ。

「さ、バトルも終わったし飯でも食いに行くぞ! ……君も来るだろ?」
「えっ、でも……良いんですか、ご一緒しても」
「もちろんだ」

 俺が笑いかけると、彼女もつられて笑い返してくれる。……うん、この表情だ。
 君は、俺の負けた時の顔も好きだと言ってくれたけれど、

「……俺は、笑ってる君の顔がいいな」
「……? なんですかダンデさん」
「いや、なんでもないぜ」

 悲しくもないのに締め付けられる胸を、ただ彼女の笑顔を見るだけで高鳴る心臓を、名を呼ばれるだけで感じるこの幸福を、俺は恋と呼ぶのだと思った。
 
 俺は、きっとこの子に恋をしているのだ。


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