ライオンの初恋


ハイパーボール級
〜俺の伝えたい気持ち、君に聞いてほしい言葉〜


 バウシティのレストラン前で、彼女を待つ、今日は二人で食事の約束をしていた。

「ダンデさーん…!」
「ん、来たか」

 リボンのついたワンピースに、少しかかとの高い靴、ゆるりと巻かれた髪……いつもよりも可愛らしい姿の彼女が小走りで俺のところへ駆けてくる。

「すいません、お待たせしてしまって」
「いや、俺も今来たところだ……その服、似合ってるな」

 確か、こういう時はまず女の子の服装や髪型を褒めるべきだとソニアは言っていた気がする。もちろん、嘘は言っていない。

「え、えっと……えへへ、ありがとう、ございます……」

 俯いてしまったがどうやら喜んではもらえたようで、彼女は合わせた両手で顔を隠すようにしながら小さく笑った。

「よし、じゃあ入ろうぜ」
「はい! ……でも、本当にご馳走になって良いんですか? ここ、思ったよりその、高そうな……」
「そんなこと気にするな、君の快勝祝いだからな」
「か、快勝……でも私、ダンデさんにはあれから負け続けてるので……」
「はは、別に俺に勝たなければランクが上がらないわけではないからな、それじゃあ誰もマスターボール級にはあがれないだろう」

 先日、晴れて彼女はハイパーボール級へと昇級した。その際に俺が「お祝いに食事でもどうだろうか」と彼女を誘い、今この状況に至る。

(……おかしな事はない、よな?)

 恥ずかしい話だが、女性へそんなアプローチをした経験はほとんどなく、いろいろと悩みキバナやソニアに相談もしながら、彼女が好きだというシーフードが有名なレストランを予約し、なんとか今日を迎えたわけだが……なんだか少し、緊張する。

「二人で予約していたダンデだ」
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
「わぁ……」

 見晴らしの良いレストランの一番奥の席へ案内されるやいなや、彼女は窓越しの景色に感嘆の息を漏らす。どうやら景観は気に入ってもらえたようだ。
 早速運ばれてきたグラスを手に、「まずは乾杯だ、おめでとう」と彼女の方へ差し出すと、彼女もグラスを取り「ありがとうございます……」と同じようにグラスを上げた。

「うん、美味しいな」
「は、はい……」

 ごくり、と彼女の喉が鳴る音が聞こえる、どうやらワインを飲んだ音とは別なようだ。なにか問題でもあったのだろうか。

「どうかしたのか」
「その、ちょっと緊張しちゃって……」

 少しかしこまった店を選び過ぎたか、もしかしたらもう少しラフなお店の方が彼女は良かったのかも知れない。先ほどから顔を上げない彼女の様子に俺は少しだけ申し訳なくなる。

「すまない、あまりこういう店には慣れていなかっただろうか」
「うんと、いえ……それもちょっとあるんですけど、それより……その……」

 だんだんと声が小さくなる、彼女が恥ずかしがっている時によくある事だ。俺はその言葉を聞き漏らさないよう少しだけ身を乗り出して耳を傾ける。

「そ、それより……ダンデさんと、二人でご飯っていうのが……なんだか、緊張しちゃって……」
「……! そ、そうか……」

 どうやら彼女も俺と同じような理由で身を固くしていたらしい。嬉しいような気もするが、なんだかそれはそれで気恥ずかしい。
 互いに目を逸らしたままの俺たちの前に料理が運ばれてくる。それを見た瞬間、途端に目を輝かせる彼女に「食べようぜ」と声をかけると、先ほどまでの気まずさはどこへやら、満面の笑顔で「はい!」と元気に手を合わせた。

「いただきます……んっ! おいしい……!」

 一口、もう一口と、瞳を輝かせながら料理を頬張る彼女の様子を見るに、どうやらここの食事は彼女の口にあったようだ。俺も同じように料理に口をつける、うん、確かに美味しい。

(こうやってゆっくり食事をするのは、やはり良いな)

 チャンピオン時代には考えられなかった事だ。時間もなく、食べられればそれで良い、というような食生活ばかりしていたものだから、ホップのやつにも「アニキは味にこだわらないからなー」なんて言われたりした事もあった。

「ダンデさん、こっちも美味しいです!」
「あまり急いで食べると喉をつまらせるぞ」
「んんっ……き、気をつけます」

 すいません、はしたない姿を……と軽く咳払いをしてから、また彼女はもぐもぐと口を動かした。今日初めて知った事だが、どうやら彼女はバトルだけでなく食べる事も好きらしい。
 幸せそうな彼女の表情に少し緊張の解れた俺は、他愛もない世間話を彼女に振る、彼女は笑顔でそれに応えてくれた。ソニアには「ポケモンバトルの話ばかりしちゃダメよ!」とは言われていたが、次第に話の内容はバトルタワーでの事ばかりになっていった。

 仕方がないといえば仕方がないのだ、何故なら俺と彼女をつなぐものはそれ≠オかないのだから。
 そして、それでは嫌だと、それだけでは足りないのだと思ったから俺は今日ここに来た。

「……ダンデさん?」

 黙りこくってしまった俺を不思議に思ってか、彼女が首を傾げて俺の顔を見つめる。瞬きを繰り返す瞳がまた愛おしい。

(もっと君と話がしたい)

 この気持ちをなんと言おうか、

(もっと君の事が知りたい)

 この気持ちをなんと伝えようか、

(もっと君と一緒にいたい)

 声が聞きたい、笑い合いたい、バトルをして、なんでもない話もして……
 そんなことを考えながら彼女の名前を呼ぶと、彼女はまた緊張したように声を上擦らせた。

「は、はい……あの?」

 戸惑う彼女の手に自分の手を重ねる。空のグラスに、少しだけ頬の赤い俺の顔が写った。
 
「──好きだ」
 
 渇いた喉からその一言を絞り出す。彼女が息を止め目を見開いたと同時に、俺の時も止まったような感覚がした。

「…………だ、んでさん……今、なんて……」
「君が好きだと、言ったんだ」

 驚き過ぎて目を逸らす事も出来ないのか、彼女は俺を見つめたままパクパクと声にならない言葉を発し続け、みるみるうちにその頬を朱に染めた。

「……君はいつも、顔が赤いな」
「……っ! ……ぁ、っ、だ、ダンデさんの、せいじゃないですか……!」

 空いている右手で顔を覆う、が、どうしたって隠しきれないようで、隙間から覗く瞳が潤み揺れているのが見える。重ねた左手でさらに顔を隠されないよう、逃さないよう指を絡ませてその手を固く握った。

「ダン、デ、さんが、なんで……好き? わ、私を……? そん、そんな……そんなの……」

 彼女がふいと俺から顔を背け、そしてついには彼女の目から涙が溢れる。何故か止まらないそれは、ぽろりぽろりと止めどなく彼女の頬と手を濡らしていく……そんなに泣いていては、瞳までこぼれ落ちてはしまわないか。

「困らせてしまっただろうか」
「……! ち、ちが……! わ、私……」

 上手く言葉が出ないのか、彼女は声をつまらせながらぶんぶんと首を横に振った。どうやら、落ち着く時間が必要そうだ。

「返事は今じゃなくて構わないぜ。そうだな……また、バトルタワーを訪ねてきてくれ。マスターボール級に上がった時に、また俺は君の前に現れるから」

 彼女の頬を伝う涙を指で拭う。

「だから……その時にまた返事をきかせてくれないか」

 待ってるぜ、そう笑いかけた俺の言葉に、彼女は小さく「はい」とだけ返事をした。
 


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