「イエスが十字架にかけられた所には、一つの園があり」
「散々な一日でございました……」
部屋へ帰りベッドへダイブする。
時刻は午後五時を回ったところだ。
今朝は決死の大疾走、学校にギリギリで到着するものの謎の違和感、魔力の気配に気を取られ朝礼に遅刻、連日となる葛木先生の非常にありがたいお話を聞くことになり、また職員室に出入りすることによって他の先生からもお小言をもらい雑用を押し付けられ……
「部活も休みになるし……」
自らの怠惰が招いた結果とはいえ、流石にこれはあんまりだ。と寝返りを打ってため息をつく。
……学校で感じたあの魔力の気配、おそらく凛ももうアレには気づいているだろう。
(多分、桜も)
あの二人のことを思い返して、また一つ息を吐く。
桜が魔術師であることは、恐らく凛は知らない。
いや、可能性としては考慮しているだろうが、まさかマスターにはなっていまいと考えているはず。
(凛なら、あの魔術は自分の知らない魔術師がいると考えるかも)
だが私は知っている、あれは、
「桜の、魔力だよなぁ…」
学校中に張り巡らされた魔力を思い出した。
慣れ親しんだ桜の気配と、サーヴァントの魔力、それと、
「副部長…かなぁ」
副部長の間桐慎二、桜の義理の兄の魔力が、含まれていなかったこともなかったようなそんな気もしなくもないような感じがした。
私が言うのもなんだが、もともと大した魔力ではないので、うまく感知できないのは仕方がない。
(そうなると……桜があんなことするわけないし……副部長が桜に……? そもそもサーヴァントはなんだ? キャスター? それにしては……)
考えても考えても最適な答えなんて浮かんでこない、綺礼にきいたらわかることもあるだろうか。彼はどこに、というか。
今この教会には私以外の人がいるのだろうか。
「綺礼ー? ランサー?」
人を探しながら教会のいたるところを散策する。
が、しかし、どこを見渡しても人の気配が一つもしない。今日は何か外出の予定があると言っていただろうか
教会の奥へ奥へと進み、地下室の入り口へ、たどり着いた。
「……んー」
そっと階段へ足を踏み出す。
カツン、と靴の音が静かな教会に響く、どうやら本当に誰もいないらしい。
まぁ、いいか、と気まぐれに階段を下り、普段なら綺礼に立ち入る事を禁止されている場所へ向かった。
カツン、カツン、と響く自身の足音に少しだけ緊張する。
下って、下って、
一番下にたどり着いた時、目の前に巨大な魔力の溜まり場が広がった。
「あ……」
ずらりと並べられた、棺桶、のようなものに、かつて人であったような、今も人であるような、なんとも形容しがたい生き物が、ミイラのように何体も横たわっている。
子供の様相をしたソレが、私の方を見て「ここはどこ?」と問いかける。
「ここは君たちのお墓だよ」
そっと頬らしき場所をなぞると自分からも魔力が吸われていくのがわかった。
ここは彼等の墓場、そしてこれは綺礼の生きる術。
「君たちのおかげで、彼は生きていられる」
生命活動という意味での「生」ならば、むしろそれは王様の生でもあるのだろうが。
「君たちのおかげで、王様はここにいられる、そのおかげで、綺礼は今日も生きている」
そしてそのおかげで、私も、
彼等を見て、胸元で十字を切る。
悪い事だとは思わない、だけど少しだけ、彼等に同情した。
(本当は私も、そうなるはずだったのにね)
十年も昔を思い返し眼を細める。
私に優れた魔術回路がなければ、
私に遠坂葵と同じ血がながれていなければ、
私が、こんなにも彼を好きになっていなければ、
(もう少しましな未来もあったのにね)
ごめんね、と、ありがとう、と、
胸元のロザリオを握りしめ彼等のために祈る。
父なる神の子、イエス様の尊い犠牲によって人々が生きているように。
あなた方の犠牲によって、彼が幸福に生きられますように――
「ここに入ってはいけないと言っていただろう」
いつの間に帰ってきていたのか、真後ろから彼の声がした。
「おかえりなさい神父様」
顔色一つ変えず、変えないように、彼を振り向く。
「聞きたい事があったものですから、こちらにならいらっしゃるかと思って」
普段なら絶対に使わないような呼び名、話し方で、少しだけ微笑んで見せた。
「……白々しい」
呆れた彼が出口へと私を促す、何はともあれここで話をするつもりはないようだ。
(またね)
彼に気づかれないように、そっと彼等に手を振る、そして彼の背中を追いかけて階段を駆け上がった。
○ ○ ○
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