「隣り人と争うことがあるならば、ただその人と争え、他人の秘密をもらしてはならない。」

 夜、静まり切った街を青い槍兵と共に駆け抜ける。
 なんのためかといえばそりゃあ殺し損ねた衛宮士郎を殺すためで、

(気が滅入る)

 自分の感知できないところで殺されていたならまだしも、目の前で殺されるとなると流石の私でも罪悪感が湧きそうだ。
 何度目かのため息をついたとき、並走していたランサーが半目でこちらを見る。

「嫌ならついてこなきゃいいだろうが」
「……アンタの所為でしょ」

 たかだか一般人ひとりにトドメを刺すことも出来ないような駄犬、の世話係、と言ったところだろう。今度こそ息の根を止められるよう付き添ってやれと他でもない彼に言われてしまえば、私としては嫌々ながらもついていくしかない。

 しっかりしてくれ大英雄さんよ、と睨み返せば、彼は「確かに仕留めた筈なんだがな」と首を傾げる。

(……衛宮先輩の魔力に、何か)

 今一度彼の気配を辿れば、彼の中に混ざった凛の魔力≠ノ気がついた。
 つまり、ランサーが確かに息の根を止めた後、凛が何か手を施したということだろうか。

(凛は治癒魔術は得意だったっけ……? いや、そもそも蘇生なんていうのは)

 そんな簡単にできるものだったか、と私も首をひねる。
 大方ランサーがきちんと死んだことを確認せず、また、凛にも何か膨大な魔力のアテがあったのだろう。
 そんな偶然は中々起こるものではない、いっそ「奇跡」と称してもいい。

「これからその奇跡を潰しにいくのかぁ……」

 奇跡を起こす杯を求める戦争、そのはじめに起こった小さな奇跡というやつだ。なんとなく勿体無い気がするが、仕方ない。
 そうして彼の家に着く頃にはもうすっかり陽は落ちていた。家の外に立ちランサーへGOサインを出す。

「私はここで待ってる……すぐ終わらせてよ」

 一つ頷くと、彼は屋根の上へ跳躍する。
 カランカランと彼の家に敷かれている結界が反応する音がした。
 私は目を閉じて、ロザリオを手に神へ祈る。

 ――罪の支払う報酬は死である。
 神の言いつけ通り、私のこの罪は私の生命で払いましょう。
 その時が来たならば、私は潔くこの生命を終わらせましょう。
 だから今だけは——この罪から目を背けくださいませ。

「……神よ」

 ざわつく心を落ち着けようと聖書の言葉を思い出す。
 何故こんなにも私は苦しいのか。
 先輩を手にかけるから? 違う、これは――

「……っ⁉」

 近くで巨大な魔力の発生を感じ、驚く。どうして、と屋敷へと足を踏み入れた。
 彼等の気配がある土蔵へ向かうと、そこにいたのは、
 ランサーと、衛宮士郎、そして、
 金の髪を持つ、美しいサーヴァントの姿だった。
 
 ――問おう、貴方が私のマスターか。
 
 鈴のような凛とした声が聞こえ、足が止まる。
 セイバー、最後のサーヴァント、あぁ、やはり始まってしまうのか。
 この、聖杯戦争が。

「てめっ……!」

 いつの間にか外に出ていたランサーが、私を見て柄にもなく慌てた顔をする。
 それもそうだ、彼がマスターであるなら、私の姿を見られるのは間違いなく不利になる事だ。
 しかし私は、そんなランサーの視線に構う事なく彼の前へ歩み出た。

「こんばんは、先輩、ご機嫌麗しゅう」
「[#da=1#]⁉ なんでここに……じゃない! そいつから離れろ[#da=1#]‼ 危険だ‼」

 先輩はなんとこの状況で私の身を心配しているらしい。ははあ、底なしのお人好しは伊達ではない。
 微動だにしない私とランサーを見て、彼は訳がわからないと言った様子で頭を抱える。

「待ってくれ、これは、どういう事なんだ」

 [#da=1#]、と、私を呼ぶ声と同時に、向かいあったサーヴァントの剣を構える音が聞こえた。
 マスターは無知故のポンコツ、しかしサーヴァントは優秀、なるほどこれは殺せそうで殺し難い。
 ランサーがちらりと此方を見る、どうやら律儀に私の指示を待っているようだ。

「ランサー」

 帰るよ、と目線だけで示せば、彼は素直に従ってくれる。
 踵を返した私達に先輩が何か呼びかけた。私はくるりと振り返って、微笑んだ。

「先輩、私がマスター≠セって、誰にも言わないでくださいね?」

 今の先輩には、そんなこと言ってもわからないでしょうけど。
 そう笑いながらその場を後にした。そう、笑えていただろうか。
 セイバーを牽制していてくれたランサーが後から付いてくる。追いかけてくる気配は、今は、ない。

「良かったのか?」
「あー」

 ランサーの問いに、曖昧に答える。
 ……別に正体をあえて晒す事もなかったんだけど。

「あのお人好しの先輩が、どうするか知りたくて」

 私が認知しているマスターは、凛、桜、葛木先生、そしてアインツベルンのホムンクルス、全て彼に関係する人物ばかりだ。

(彼が知っているかどうかは別としてね)

 それを知った時、彼はどうするのだろう。
 この、聖杯戦争という殺し合いの中で。

(彼の答えを見てみたい)

 その為にまず、私の正体を晒した――自分を殺した男のマスターとして。

「楽しみだね」

 ちょっとだけ、やっぱり辛いけど。
 きっと彼も愉しんでくれるだろうと思う。
 教会への帰り道を急ぐ、恐らく訪ずれるであろう来客の準備をしなくては。
○ ○ ○


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