「イエスは娘の手を取って、呼びかけて言われた、「娘よ、起きなさい」。」

 目が覚めて、辺りを見回せば望んでいた人の姿はなくて、

「うそつき……」

 小さく誰に言うでもなく呟いてから、また布団を深く被った。
 起きる気分にはなれそうもなく、目をつむりもう一度眠りにつこうと試みてみる、と、

「おーおー、朝から不機嫌な事だな」

 それを阻止するように腕を掴まれ、軽く舌を打った。

「おはようランサー」
「ずいぶんな挨拶だな」

 せっかく起こしにきてやったのに、と嫌味っぽく笑う。そういうところ、綺礼に似てきたんじゃないのか。

「……神父様は?」

 約束をした当の本人の不在に不快感を隠しもせず尋ねると、あぁ、と彼は答える。

「ちょいと野暮用だとよ、すぐ戻るとは言っていたが……あんまり子供みたいなワガママ言ってんじゃねーぞ」
「約束一つ守ってほしいって言うのもワガママに入るわけ」

 起きた時側にいると言ったのは彼の方だ。
 まぁそれも私を不愉快にさせて愉しむ為だと言われればそれまでではあるし、本当に側に居てくれるとは思っていなかったけど。

「あのなぁ、お前、あいつだって今さっきまでずっとお前につきっきりだったんだぞ」

 なんと、これは驚いた。
 あの彼が、そんなどうでもいい小さな約束の為にここに居てくれたと言うのか。

「それになぁ、三日も眠ってるんじゃ……」
「みっか⁉」

 彼の言葉に更に驚く。
 三日、三日も眠っていたと言うのか、私は。
 彼は二の句を続けられずにいる私の額に手を置いて、「お、熱は下がったみたいだな」と、暖かい手のひらを離した。

「なんにせよ元気そうで何よりだぜマスター」

 茶化した様子もなく、少しだけ微笑みながら本当に心配していたかのように彼は告げる。
 わからない、つい先日までの、あの仇を憎むあの目はどこに消えてしまったのか。
 ……面白くない、私はあの目こそを気に入ってこいつのマスターになったというのに。

「なんで、私の心配なんかしてたの」

 イライラとした気持ちを抑えながら問いかける。彼は少し面食らったような顔をしてからすぐにいつもの顔に戻り答えた。

「だってよ、お前、泣いてたろ」

 今度はこちらが目を丸くしてしまう、なんだって? なんの話だ。

「お前が三日三晩見てた夢は、俺の記憶だろ」
「あ……」

 そうか、今は契約状態にいるのだ、記憶整理の為のただの夢を見るわけがない。
 この夢は、サーヴァントと視界を共有していたのだった。
 しまった、そうか、まずい、それで「泣いてたろ」と言われるという事は、あんな情けない姿をこの男に見せてしまったわけか。

「……泣いてたから、何? 格下だと優しくできるとか?」

 この男には弱いと思われたくなくて、必死に上辺だけを取り繕う。
 やってしまった、くそ、本当に最悪だ。頭を抱えて唸っていると、彼は「ちげぇよ、」と言葉を続けた。

「お前、人の為に泣けるんだなと思って」
「は」

 ――いや、何を言っているんだこいつは。

「お前が涙を流してたのは、決まって人が死ぬような記憶の時だったじゃねぇか」
「いや、あれは、」

 別にそうじゃなくて、と、彼等の痛みを想ったというわけではなくて。

「ただ、私には、耐えられないと思ったから」

 だから、そんなことになるのは嫌だと、

(自分の為に泣いたのに)

 それを彼は「人の為に泣いた」と言うのか。

「なんだっていいんだよ、んなこまかいことは」

 彼は珍しく私の頭を撫でながら、

「お前は、言峰とは少しだけ違うんだと思えたからよ」

 なんて、言い出した。
 ……確かに彼なら涙なんて流さない、彼は強い人だから。
 それと違うと言われるのはあまり嬉しくは、ない。
 ない、けれど、
 そう言った彼が少しだけ嬉しそうだったから。私はなにも言わずにその体温を甘受した。

「ほう、私がいない間に涼まで口説き落とすとはな」

 節操無しにも程がある、と、いつの間にやら言峰綺礼その人が後ろに立っていた。

「ゲッ、言峰……」
「留守番ご苦労だったなランサー」

 ニヤリと笑う顔に、そうそうこれこれ、嫌味っぽいっていうのはこういうのを言うんだったと頷く。

「だがそれは私のモノだ、あまり弄んでくれるな」

 そうして彼が私達へ近づき、私の頭上にあったランサーの手をはねのけた。
 突然のことにポカンとしていると、彼がまたニヤリと口元を歪ませる。

「きれ……こ、ことみ、神父様……⁉」

(い、いま、わたしのって、)

 自分の頬が赤くなるのがわかった。またからかわれたのだと理解していても、嬉しいという気持ちが消えるわけではなく、ただ口をパクパクと開閉するしかできない。
 彼はそんな私の気持ちを知っている上で「無闇に人前で私の名を呼ぶなと言ってあるはずだが?」と、あろうことか私の額にキスをした。

「は……⁉」

 もうダメだ限界だ脳の処理速度が全く追いつかないなんだこれナンダコレ⁉ なんだかよくわからないが綺礼がとても楽しそうに笑っている私はこの顔が結構好きでだからそんな顔をされると嬉しくてえぇと、

「おはよう、良い夢は見れたかね」

 そんな彼に、私は何か問われているらしい。
 よくわからないがよくわからないなりに頭を大きく縦に振って答える。
 彼がなんだか愉しそうな顔をしたので、私もつられて笑った。困った、なんだかいますごく幸せだ。

「事後処理に追われていてな……がっかりしたろう、起きた時私が居ない事に」

 そうだね、そうかも、だけどいますごく嬉しい気持ちだから大丈夫、なんて、そんなことを思っていたら「思ったより元気そうで何よりだな」と笑われてしまう。
 そういえばいま、彼は事後処理と言っていた、私がぼんやり眠っている間に何かあったのだろうか……
 
○ ○ ○


clap!


prev back  next




top