「たといサタンの手下どもが、義の奉仕者のように擬装したとしても、不思議ではない。」

 アインツベルンの森の中を彷徨い続けて、いったい何時間経過しただろうか。

「遠い……」

 想像以上の広さに、辿り着く前から心が折れそうになる。
 昨日「聖杯の回収を一任してくれ」と言った私に、彼は、
 
「いいだろう……まぁ、ギルガメッシュより先に回収できるのであればな」
 
 と、

「それはそうなるよね……」

 あの我様が、気まぐれとはいえ一度すると決めたことを途中で邪魔されればどうするか。

(間違いなく機嫌を損ねるだろうなぁ)

 はぁ、と何度目かわからないため息が漏れる、心なしか頭も痛い。一刻も早くアインツベルンの屋敷に辿り着きイリヤスフィールを連れてこなければ。
 しかし飛び出してきたはいいものの問題はバーサーカーだ、あれをどうするか、
 話し合いでなんとかなる相手では……ない、絶対に。
 やはり一番の方法は、ギルガメッシュがバーサーカーと戦っている間にどうにかイリヤスフィールを連れ出すことだが、

(それだとギルガメッシュと顔を合わせないといけないしなぁ)

 ギルガメッシュの気分によっては私の死の可能性もなくはない。
 ――それでも、私には彼女が必要なのだ。

「まぁなんとかなるでしょう」

 城の方向を探るため、周囲の魔力を探る、と、

「……え」

 イリヤスフィールの魔力へ近づいていく、ふたつの魔力を感じ取ることができた、それは、昔から馴染みのある赤いそれと、もうひとつ、
「先輩……?」
 
 
 城へ忍び込むと、広間の方から乱闘の音が聞こえてくる。
 まさかと思い覗き込めば、金と黒のサーヴァントが戦っているのが見えた。

(遅かった……!)

 神経を研ぎ澄まし、周囲の気配を辿る。上の方に、ひとつ、ふたつと、魔力の流れを感じた。凛と、衛宮士郎、だろう。

「……あぁ、もう」

 タイミングとしては最悪だ、あの二人もどう動くかわからないこんな状況で、イリヤスフィールだけを連れ去るのは不可能である。
 どうしようかと悩んでいる間にもギルガメッシュとバーサーカーの戦いは白熱していく、押しているのはギルガメッシュだ。このままであればものの数分でカタがつく、悩んでいる暇は、ない。
 ついに動かなくなったバーサーカーを尻目に、ギルガメッシュがマスターであるイリヤスフィールへと近づいた、彼女は、動かない。

「……っ、もう!」

 どうにでもなってしまえ、と、ギルガメッシュが振り上げた剣の前に躍り出る、微かに彼が驚いた瞬間、大きな黒い怒号が響きわたった。
 咄嗟に振り返り距離をとるギルガメッシュ、その隙を逃すほど私も馬鹿ではない。
 小柄なイリヤスフィールを即座に抱え上げ、急いでその場から離れる。十メートルほど行ったところで体勢を立て直し怒号の上がった場所へ目を向ければ瀕死のバーサーカーが、ギルガメッシュへと突進していったことがわかった。
 今は、もう、奴の宝具によって、本当に動かなくなっているのだが。

「バーサーカー……!」

 抱えた少女が、泣き出しそうな声で叫んだ。

「大人しくして、あなたじゃあいつには敵わない」

 魔術で筋力を強化しているとはいえ、暴れられると落っことしてしまいそうだ。そこをギルガメッシュに狙われて、殺されでもしてみろ、私がここに来た意味がなくなってしまう。

「私だって敵わない……今は、逃げるしか、できない」

 腕の中で小さな子供が震えている。自分の拠り所を奪われて、大切な人を目の前で殺されて、辛くないわけがない。
 辛くないわけがないのだ、それでも、

「……あなたに残された道は、バーサーカーの仇に無謀にも向かって行って命を落とすか、彼が命懸けで作ってくれた隙を無駄にせず私と逃げてほんの少し生き長らえるかのふたつだけ……どうする?」

 残酷な選択を迫っている事は自覚している、恐らく大抵の人間は後者を選ぶだろう、
 その後の死が、確定しているのでなければ。

「酷な話だけど、私と逃げてもどうせ聖杯戦争の終わりにあなたはきっと生きてはいない、助けに来ておいてなんだけど……あなたの好きにするといい」

 私なら、
 ……私ならきっと、綺礼と、その場で、

「…………なさい」

 ぽつりと、小さな声が聞こえた。なんと言ったのかよくわからないが、私の服を握りしめる彼女の力強さに驚く。
 この子は、アインツベルンのホムンクルスは、

「私を連れて逃げなさい……! 早く!」

 あまりにもあっさりと、その結論を出した。
 聖杯の器としての正解を。

「……わかった」

 その覚悟に応えなければと気合を入れてかの王へ向き直る。
 ……私は私の目的の為にここに来たというのに。

(こんなの見せられたらさ、少しだけ、本気になっちゃうよね)

 強化の魔術を脚へ重ね掛けする。
 ギルガメッシュは予想通り不機嫌、いや、予想以上にご立腹のようだった。

「女……貴様我の邪魔をするとは、どうなるかわかっているであろうな……!」

 彼の宝具が展開する、奴め、本気でイリヤスフィールごと私を殺すつもりか。

「ちょっと、そんなに怒らないでよ王様、順序が少し違うだけ、少し違うだけだよ」

 ジリジリと後ずさる。幸い出口は私達の後ろにあるが、背中を向けた途端殺されるだろう。
 だがしかし、勝算もなくこんな勝負に出る私ではない。ギルガメッシュを出し抜く手段は、いくつか考えてある、まずは――

「■■■■■――ー‼」
「え、」

 胸元のロザリオに手をかけた瞬間、視界の端に黒い塊が映った。
 バーサーカーだ。

「なっ……!」

 英雄王が背後に気をとられる。流石に予想していなかった事態に、その場の誰もが目を奪われた、
 ――イリヤスフィール以外は。

「今よ!!」

 彼女の声に正気に戻る。
 瞬時に踵を返し、出口へと走り抜けた。
 抱え上げた彼女の顔を伺おうと覗き込んでみたが、俯いたままで表情がわからない。
 彼女の手が震えている、きっとわかっているのだろう。バーサーカーの、彼の最後のあの咆哮はきっと最期の――

「……バーサーカー」

 背中に、彼の消滅した気配を感じて、思わず振り返る。
 かつて大英雄ヘラクレスを象っていた魔力が、光となって空へ昇った。
 きらきら、きらきらと、

(きれい……)

 それは彼に流れていたイリヤスフィールの純粋な魔力故か、
 それとも、小さなマスターを救わんとした彼の高潔さ故なのか、
 ……ちらりと二階を窺い見る、先輩と、エミヤシロウと目があった。
 彼の唇が、「どうして」と動く。
 私は少しだけ悲しい気持ちになりながら、口の中だけで、ごめんなさい、と呟いた。
○ ○ ○


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