「正しく歩む者、正直に語る者、まいないを取らない者、目を閉じて悪を見ない者」
命からがら逃げ帰ってきた、という心地で小さなベッドへ飛び込む。連れてきたイリヤスフィールはと言えば、そばのソファでお客様然としてくつろぎはじめるところだった。
「こんな犬小屋みたいなところで暮らしてるの? 貧乏人は大変なのね」
質素な椅子のバネをギシギシと揺らしながらイリヤスフィールがボヤく。うるさい、私だって普段はもう少し良いところに住んでいる……もう少しくらいは。
「ねぇ、なぜ私を助けたの?」
小さな少女は、唐突にそんな質問を私に投げかけた。
疲れている私は、ベッドに身を投げ出したまま「んー」とだけ返す。
「真面目に答えてくださらない?」
少しだけ機嫌を悪くしたらしい彼女が、ため息をついて立ち上がった。
「何故……私を助けたの、神崎涼」
少女には相応しくない程の眼光で射抜かれて、身がすくむ。
嫌な目だ、責めるような、疑うような、それでいて少しの期待の込められた眼差し。
隠しきれていないのは、彼女がまだ成長しきっていない証なのだろう。
「貴方が死ねば、先輩が悲しむわ」
「……お兄ちゃんが?」
何故、彼が悲しむというのか、と彼女の目が語っている。
「あの人はそういう人だから」
起き上がり、彼女と正面から向かいあった。
「だから……あそこで貴方が殺されるより、聖杯の犠牲になる方が、彼は悲しむと思って」
私は彼女の目を真っ直ぐに見つめながら。
「その方が……綺礼は喜ぶだろうから」
そう断言した。
彼女は絶句した様子で少し目を見開く。
「この理由で充分でしょ? ……下手な綺麗事よりずっと信憑性があると思うんだけど」
はぁ、と息をついて、彼女の反応をうかがう。
彼女はぽかんとしたまま、しばらく固まって、それから、
「……ふ、あはは! それもそうね!」
と笑いながら私の横に腰掛けた。
「何よりも信頼できる言葉だわ! さすが、噂通りの魔術師なのねアナタ!」
そういって笑う様子は、どこからどう見ても年相応の女の子のようで拍子抜けしてしまう。先程までの鋭さはどこへいったのか。
「それはどーも、貴女は思っていたよりも人間らしいんだね、ホムンクルスだなんて嘘みたい」
「あら? 人形に心が宿らないなんて考えはもう前時代的なのよ?」
くすくすと笑いながら私のそばに寄り添う、まいった、懐かれてしまったらしい。
なるほど、この子は自分に優しい者よりも正直な者に心を開くタイプか、随分と強かな子供だ。
「とりあえず、時が来るまでは私が貴女の身柄を預かる。どうせあの屋敷には戻れないだろうし」
それをきいて、彼女は俯く。
「……バーサーカー、リズ、セラ……」
私は何も言わず、彼女を少しだけ抱き寄せた。ここで私が何を言おうともその言葉は、きっと彼女の覚悟を踏みにじってしまうだろうから。
(だけどねイリヤスフィール、貴女を抱き上げて逃げたあの瞬間だけは、本当に貴女を助けたいと思ったんだよ)
それだけは本当なんだと、彼女が震えているのを肩に感じながら目を閉じた。
○ ○ ○
clap!
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