「そして彼をつかまえて、ぶどう園の外に引き出して殺した。」

 下品な笑い声が狭い屋根裏部屋に響いていた。笑い声の主は、弓道部の副部長間桐慎二のものだった。
 どこからここの情報を知ったのか……いや、恐らく言峰綺礼が伝えたのだろう、本当に彼は場を引っ掻き回すのがうまい。
 とにかく、すでに部外者であるはずの間桐副部長が、凛を我が物にすべくここまで来ているというわけだ。
 何というか、欲の力とはすごいものだ。

 確か彼には綺礼からギルガメッシュが遣わされていたはずだが、周りにその気配は感じられない。どうせあの気まぐれなサーヴァントの事だ、その辺で暇でも潰しているか。

(あるいは、あちらの戦いでも見に行ってるか)

 どちらにせよここに現れる確率は低いだろう。助かった、今顔を合わせれば殺されてもおかしくはないかもしれない。
 ふぅ、と安堵の息をついて凛と間桐副部長の様子を伺う。
 何だかもめているようにも見えるが…いつものことだろう、違うのは凛が椅子に縛り付けられているところだけだ。

(そろそろ来るだろうなあいつ……あ)

 凛に手を出そうとしていた間桐副部長が勢いよく吹っ飛ぶ。
 先ほどまで副部長が立っていたその場所では、青い槍兵が何事もなかったかのような顔で「悪りぃ、口より先に手が出ちまった」などどのたまっていた。
 なんて短絡的かつ暴力的なサーヴァントだ、信じられない、だが許そう、というかわたしでもそうする、いい仕事振りじゃないかランサー。

 うんうんとわたしが頷いている間にも、ランサーと凛は話を進めていく、しまった、私がここに来た理由を忘れかけている、あの二人の接触はよくない、とてもよくないのだ。

「はい、そこまでよランサー」

 階段からさもありなんという風体で登場する。
 意味深な感じを強調するために、今日はわざわざ着慣れないシスター服を着てきたのだ、まぁいわゆる勝負服というやつである。一八五センチの神父の貫禄には敵わないものの、少しはまともに見えるだろう。

「涼…!?」

 一番に驚きの声をあげたのは凛だった。
 ランサーは、私の服装が誰かを彷彿ととさせたのか、険しい表情でこちらを睨んでいる。
 その目には確かに「殺意」が宿っており、最近の腑抜けたあの表情は息を潜めていた。

「……うちのマスターは、表に出てこないのが信条なんじゃなかったのか」

 出会ったあの夜と同じ、敵を見据える赤い瞳が私を射抜く。
 ゾクリ、と背筋が震えた。
 この瞳だ、これが、この殺意が、私の求めていたものなのだ。……きっと、そうなのだ。悲しみなんてものは、感じるはずがないのだ。

「そんな信条、持った覚えなんてないんだけど」

 ゆっくりと彼等に歩み寄る、二人分の敵意の目線が心地良い。
 ……イリヤスフィールのあの目とは大違いだ。

「どうして、貴女がここに、なんで、ランサーのマスターって、そんな、てっきり私は、」

 きれいのやつが、と彼女の口が動く。
 あまりにもマヌケ面をするものだから、思わず笑みがこぼれた。

「凛ってば、そんな顔しないでよ、せっかくの美人が台無し!」

 くすくすと笑うと彼女がさらにしかめっ面になる。
 凛は打てば響くタイプだ、綺礼も気にいるのも無理はない。

「綺礼がマスターであろうと、私がマスターであろうと大した変わりはないでしょ、どうせ私は綺礼に付くんだし」

 彼女が唇を固く引き結ぶ、悔しそうなその表情に、私の笑みはどんどん深くなっていく。

「それにしても凛ってば、聖杯戦争に賭けてた割にはこんな簡単にサーヴァントに裏切られて、こんなところで副部長なんかに襲われちゃって、優雅な遠坂家の当主様とは思えないね」

 笑いながら彼女の前までゆっくり近づいていく。
 途中ランサーの横を通り抜けたが、彼は何も言わず、ただ私の背中を見つめていた。

「セイバーと再契約したらしいけど、どうかな? ランサーのマスターの正体すらわからないようじゃ、聖杯戦争を勝ち残るのは難しいんじゃないかな? どう? もう私に勝ちを譲るっていうのは」
「あんたのそういうところ、綺礼に似てきたんじゃないの」

 なんと、このタイミングで褒めてくるのか、まったく、照れることこの上ない。

「その憎ったらしい顔も、長々とした嫌味も何もかもそっくりよあんたら」

 それはそれは、好きな人には似てくるという話だ、私が綺礼に似ていくのもおかしくないだろう。
 しかし今はそんなことどうでも良いのだ。
 ……良いのだ、うん、決して照れてなどいない。

「とにかく! 今凛はピンチなわけでしょ? こうして私が助けに来てあげたわけだ、取る態度は決まってるよね」

 副部長がしたように、彼女の太ももをスルリと撫でる、彼女は体を小さく震わせながら唇を噛んだ。
「……は、」

 ランサーと凛が手を組まないよう見張りに来ただけのつもりだったが……こんなチャンス見逃すわけにもいくまい、あの凛より! 優位に立てる! 機会など! 中々あるものではない、さぁ、その小さく可愛らしい唇で、私に命乞いをするがいい凛……!

「待ちな、そのお嬢ちゃんを助けに来たのは俺だ、…テメェは関係ないだろうが」

 これからというところで目の前に赤い槍が差し出される、なんて空気の読めない男なのか。

「そもそもテメェ何しに来た、お前らの話ではお嬢ちゃんを救いたいって話じゃなかったのか」

 彼の槍が私の喉元へ突きつけられた、令呪は私の手にあるというのに、怖いもの知らずにもほどがある。

「……それは貴方が勝手にそう思っているだけじゃない?」

 緩やかな動きで彼に振り返る。その動きで少し首元で血が流れるが、良い、どうせすぐに塞がる傷だ。

「確かに綺礼なら貴方も凛も生かしておくと思うよだってその方が面白そうだもの……でもそれだけだよ? それだけの為に二人とも生かされてる」

 流れた血が彼の槍を伝って下へ落ちる、その色が確かに赤かったので、私も間違いなく人間なのだなと再確認した。

「でも私は違う、貴方達は……危険なんだよ、手を組まれると、とても厄介、だから……」

 シスター服をたくし上げ脚の令呪を晒す、そして私は、

「令呪をみっつ、重ねて命じる――自害せよ、ランサー」

 私が言い終わるより早く事態を察したランサーが私の首を取ろうと動き始めた。
 が、それでは遅い、令呪を全て重ねたのだ、その強制力は計り知れない。
 赤い槍が、私の首を取ることも叶わず上空でくるりと回転する。そして真直ぐに、彼の心臓を貫いた。

「……っが、!」

 ランサーが、口から血を流し目を見開く、信じられないという顔をして、彼はそのまま後ろへ倒れこんだ
 彼の心臓から流れる赤い血が辺りへ広がる。
 しかし私の首の傷はじくじくと痛み続け、私の魔術による自己治癒が効かない。
 ということはまだ、彼は生きているのだろう。

「……ごめんねランサー、私別に貴方のこと嫌いじゃなかったよ」

 倒れ伏した彼を覗き込み心臓に突き刺さる槍を引き抜く。

「でも、ね、貴方は綺礼の邪魔になる」

 そしてそれを、

「だから、さよなら」

 今一度彼に突き立てた。

「――――ッ‼」

 彼が声にならない悲鳴をあげて、光の粒子になって消えていく。
 それを見届けてから、凛に向き直った。

「……うん、やっぱり少し気分が良くないや……今、それ解いてあげるね」

 持参してきた黒鍵で、凛に傷がつかないよう丁寧に縄を切る。

「……どうして私を助けるの」

 自分のサーヴァントは殺すくせに、と、疑惑と困惑の目が向けられた。

「……その質問はつい最近されたばっかり」

 彼女に手を貸して立ち上がらせ、パン、と服の埃を払う。

「あの子にも言ったけど、その方が綺礼は喜ぶから…ほら、もう私は凛に用はないよ、さっさとあの元サーヴァントのところに行くなりなんなり好きに……」
「ちょ、ちょっと待てよッ‼」

 近くで叫ぶ声に振り返ると、先程まで空気と化していた間桐副部長が必死の形相でこちらを睨んでいた。
 ……あの表情は、違う、そそらない。

「ひひっ、バカな奴……! 自分で自分のサーヴァントを殺すなんて、負けを認めたも同然じゃないか!」

 まぁ別に私はそもそもそんなに勝つ気はなかったのだけれど。

「ぼ、僕には最強のサーヴァントがついてるんだ、い、い、いまなら許してやるぞ! 二人揃って僕のものになるならなぁ!」

 ガクガクと膝を震わせながら何か言っている。凛もさすがに呆れて何も言えなくなっているようだ。

「出来るもんなら呼んでみてくださいよ副部長」

 私もこんなのに付き合っている暇はない、呼べるものなら呼んでみてほしい、その方が話が早い、かもしれない。

「くっそ……! どいつもこいつも馬鹿にしやがってぇ……! おい! ギルガメッシュ! きこえてるんだろ⁉ でてこい!」

 しん、と静まり返った空間に、彼の叫び声だけが木霊した、勿論、ギルガメッシュがくる気配は、ない。

「……っおい! きこえてるんだろ……! おい! ギルガメ……ひっ!」

 彼の絶叫が耳障りになったので、黒鍵のひとつを彼の顔にギリギリ掠るか掠らないかの位置へ投擲すると、間抜けな悲鳴が聞こえた。

「副部長、いや、間桐慎二、死ぬのが怖いなら二度と聖杯戦争には関わらないほうがいい」

 もう一本黒鍵を構えながらそう告げると、彼はさらに間抜けな声をあげながら去っていった。
 なんというか、情けない男だ、いったい何をしに来たのか。

「涼、ねぇあなた」
「凛」

 彼女が何かを言わんとしているのを遮る。

「これで本当に、敵同士だね」

 そうして微笑んで、彼女に戦線布告を告げた。

「……貴女のそんな顔、久しぶりに見たわ」

 そんな顔、というのはどんな顔だろうか。
 上手く、笑えているのだろうか。

「私はそろそろ帰るわ、綺礼に報告しなくちゃいけないし」

 なにより、あちらももうすぐ片がつくようだ。

「それじゃあね、凛、今度会ったら本気でいくから」

 窓の縁に足をかけ、飛び降りる。
 着地する直前に短い呪文をつぶやき、手を地面に向ける。すると硬い地面が揺らぎ、クッションのように私を包み込んだ。
 後ろを振り返ると、先程までいた部屋からこちらを見る凛と目が合う。彼女は厳しい表情をした後、何もなかったかのようにそこからいなくなる。

 少し、ほんの少しだけ寂しい気もしたが、それも気のせいだ。
 早く帰って、綺礼へ報告をしなくては。

(イリヤも、待ってる)
○ ○ ○


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