「あなたの悪は大きいではないか。あなたの罪は、はてしがない。」

「ただいま、帰ったよ綺礼……綺礼?」

 簡素な隠れ家から教会へ拠点を移動したと聞いて、教会の方へ帰ってきたはいいのだが、いくら呼んでも返事がない。

「……イリヤ?」

 綺礼だけではなく、早々に飛びついてきそうなイリヤの返事までも聞こえない、教会中探しても探しても見つからないので、地下室への階段まで来てしまった。

「綺礼?」

 この下から確かに膨大な魔力を感じるので、恐らく何かは居るのだろう。
 何か、は、
 息を呑み、地下聖堂の広間を覗き見る。
 そこにはイリヤスフィールが、聖杯の器が、静かに横たわっていた。

「イリヤ……!」

 かけよって抱き起こしてみるも反応はない、だが、かすかに息をしているのはわかる、まだ死に絶えてはいないようだ。

「そうか、サーヴァントが残り少なくなったから……」
「その通り、其奴は聖杯として起動しかけているのだ」

 綺礼の声に顔を上げると、楽しそうな彼と目があった。

「どうやらランサーは始末したようだな……やれやれ、誰も殺さずに帰ってくるという話ではなかったのか?」
「……ランサーは私のサーヴァントだったんだから、どうしようと私の勝手でしょう」

 ふい、と彼から目をそらす、なんとなく今の私を見られたくなかった。
 こんな、イリヤを労わる、普通の、私を、

「せめてなにか……ベッドの上にでも寝かせてあげればいいのに」
「イリヤスフィールは聖杯として起動した、二度と人としては目覚めないだろう、そのようなものにそんな気遣いが必要か?」

 イリヤの傍に座り込む私を、彼の冷たい瞳が見下ろす。彼の言うことはもっともだ、もっともだが、しかし、

「今一度問う、そのような気遣いは、必要か?」
「……必要ない、と思う」

 でも、と小さく呟くと、彼はそれを面白がるように続けた。

「ふむ、お前は二度と目を覚まさないこの人形が不憫で仕方がないようだ……なるほど、私のような悪徳を良しとする人間でも、他人の幸福を願うような善良な子供を育てる事も出来るのだな」

 彼が私の顎をつかみ、無理矢理に目を合わせた。何かを試すような、問われているような視線に恐怖を感じ、震える。

「……私は元から、人の幸福を願って生きているよ」
「ほう? ならば何故私に従う、私の生き方は、おおよそ大衆の幸福とはかけ離れたものだぞ」

 私は今、試されている、
 なにを――? わからない、わからないけれど、
 ここで間違えれば、きっとまた私は彼を失うのだろう、
 あの夢のように。

「違う、私が願っているのは大衆の幸福じゃない」

 彼をまっすぐに見つめ返した。
 間違えるな、言い違えるな、寸分の狂いもなく彼にこの気持ちを伝えなければいけない、

 口を、開く、

「私は、貴方が、貴方の幸福を願っているだけだよ」

 彼の目が、少しだけ揺らめく。

「貴方が幸福になればいいと思っているだけ、そして今回は、少しだけ……イリヤスフィールにも幸せになって欲しいと思った、それだけ」
「ほう……?」

 彼の声音が上がる、楽しんで、いるのだろうか。

「それが相反するものでもか」

 彼の瞳が好奇に満ち、私の答えを待っている。

「……そう、私は、私が大切に思うもの全てに寄り添いたい」

 それだけなのだ。

「ふ、は、はっはっはっ!」

 彼が高らかに笑う、珍しいその表情に少し呆気にとられながら、彼の次の言葉を待った。

「お前は……実に最高だよ、面白い、ならばお前のその答えがどのような結果をもたらすか、よく見るといい……特等席を用意しよう、決戦は、明日だ」
○ ○ ○


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