「さあ、彼を殺して穴に投げ入れ、悪い獣が彼を食ったと言おう。そして彼の夢がどうなるか見よう」
全身が脂汗にまみれて心底気持ちが悪い。
視界の先には見慣れた天井が広がり、横を見れば、電子時計が今はいったいいつなのかを教えてくれていた。
「じゅう、ごにち……、夜の十時、か、」
頭を抱え、ため息をつく。少しだけ、頭がハッキリとしてきた。
あれは――夢だ、また、いつものような、どこか他の世界の夢。
「……こんなの……いつまで、」
じわりと、涙が溢れてくる。
私はいつまで、こんな夢を見続けなければならないのだろうか、と、
「涼」
私を呼ぶ声にゆっくりと起き上がれば、そこには、正式な聖杯の器である少女、イリヤスフィールが佇んでいた。
「いいの? 貴女は、行かなくて」
その言葉に、どこに? と言いかけて思い出す、私はここで何を成そうとしていたのかを。
「……桜が、聖杯になっているのね」
「そうよ」
今までの夢を記憶の隅に追いやり、記憶を手探りで引き寄せた。
桜が歪な聖杯の代わりになっている事、それを止めるために凛と衛宮先輩が大空洞に向かっている事、殆どのサーヴァントもあの泥に飲み込まれている事、ランサーも、ギルガメッシュも、もういない事、そして、
……綺礼が、もうすぐ死んでしまうであろう事。
「馬鹿ね、コトミネはもういないわ」
私は声を発していただろうか、小さな少女はそんな事お見通しだと言うように私へ話しかける。
「違うよイリヤ、まだ、消えてない、もう死んでいるのと変わりはないけれど」
彼の心臓はもうすぐ止まる、たとえ聖杯が完成し、この世全ての悪《アンリマユ》≠ェ産まれたとしても、このままではその結末は変わらない、変えられない。
「そう……それで、どうするの? 貴女は」
小さな少女が問いかける。
「愚問だよ、イリヤ、私は、綺礼の為なら……綺礼を生かす為なら、なんだって」
なんだって、する、そう自分へ呟いて、寝台から立ち上がった。
少しだけ足元がふらつくが他に問題はない、恐らく先日の対アサシン戦でのダメージがまだ残っているのだろう。
「……綺礼」
あの時から、彼の姿を見ていない。
凛からすると、「もう死んだ」のだと、
イリヤからすると、「もういない」のだと、
いくら言われても納得はしない、理解もしない。そもそも、彼はまだどこかでまだ動いているはずなのだから、聞く耳を持つ必要なんてないのだけれど。
「諦めたら? もう、無理よ、あなたも……コトミネも」
少女が目を細める、その表情は、蔑んでいるようにも、憐れんでいるようにも見えた。
「……確かに、私はもうきっとまともに魔術一つ行使することすら出来ないかもしれない、けど」
けれど、
自身にぽっかりと空いた穴へ意識を向ける。
穴といっても物理的なものではなく、なんとなく、ぽっかりと空いた、ような、そんな感覚。
蓄えていた魔力が全て、無くなった空洞。
「貴女が器であるように、私も器だったんだよ、イリヤスフィール」
膨大な魔力の器、そう、聖杯としての、適正が、私にも、あった。
「涼……貴女、」
「行ってくるね」
何かを言いかけたイリヤを背に、部屋を飛び出した。
早く、早く、早く、彼等のもとへ行かなければ。
何もかも手遅れになる前に。
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