「heavens fall」


 夢を見ている
 
 夢を、
 
「……綺礼」

 大聖杯の前で倒れる男の側で呆然と立ち尽くす。こんな夢は何度目だろう、夢だと、もうこの私は理解しているのに、それでもこの眼は流れる涙を止めることができない。

「綺礼、」

 落ちる滴を拭うこともせず、彼を見下ろしていた。その時、

「……は、」

 彼の唇が、動く。

「っ綺礼⁉」

 驚いて彼の体にすがりつき、顔を覗き見た。
 薄っすらと笑みを浮かべながら、彼の眼が私を見る。

 ――生きている、

 紙一重、今にも消えてしまいそうなギリギリのラインで彼はまだ生きている、
 すぐにでも死に体になるであろう彼が、それでも今少しだけでも生きているという事実が嬉しかった。

「綺礼っ……! いま、今魔力を回すから、だから、お願い、綺礼、お願い……!」

 自分の腕に噛みつき、血を流す、
 彼の口へそれを流し込み、お願い、お願いだから、と彼へ懇願し続けた。だが彼はもう動かすのも辛いであろう腕を持ち上げ、私の体を引き離す。なんで、と声にならない声で問えば、彼もまた口の動きだけで「無駄だ」と告げた。

 これが無駄なことだなんて、私が一番理解している。
 これは夢だ、これは、過去の*イだ、
 昔、こんなことがあった、こんな未来があった。それを繰り返し見させられているだけに過ぎない。
 ……決まった過去は変わらない。

(わかってる、わかってるよ、わかってるけど…!)

 再び涙が溢れ出る、死なないで欲しい、生きていて欲しい、例えこれが夢の中でも、

(それだけなのに)

 叶わない、
 私はまた彼を救えない……!

「……涼、」

 彼の声がして驚きに顔を上げると、彼の顔がすぐ近くに、そして、自分の血の味と、

「……おまえは、い、きろ、」

 彼の最期の魔力を、唇に感じた。

「わたしのいない、この、せかい、で……」

 そう言って、微笑み、彼の身体から力が抜ける。

「ぁ」

 その瞼が降りるのを見て、綺礼のような人間でも眠るように死ねるのだなと、違う、そうじゃない、

「……きれ、い?」

 まって、まってよ、わたしはまだ、今回もまた、貴方に何も伝えられていないのに、
 
「っあ、あ…っう、ああああああああっ…!!」
 
 叫んだ。
 苦しくて苦しくて、悲しくて悲しくて、言葉にならない気持ちを、全て吐き出すように。
 涙で歪んだ視界に、遠くで光る何かが見えた、聖杯の扉が閉じられようとしている、のだろう、
 そんなものは今となってはどうだってよかった、綺礼の居なくなった世界に、私の望みなんてないのだから。

「綺礼、きれい…いやだ、いやだよう…!」

 子供のようにしゃくりあげていても、いつものように頭を撫でてくれる手はもうない。

 私はまだ、貴方に、感謝も、謝罪も、別れも、自分の気持ちも、何も伝えていなかったのに。

(はやくさめてくれ)

 こんな夢、と、耳を塞ぎ、目を閉じて縮こまる。
 はやく、はやく、はやく……!
 覚めてしまえば、元通り、いつものように、彼に会えるはずなのだから。
 瞼の裏に、彼の笑顔を描きながら私はそっと意識を手放した。
○ ○ ○


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