10章「たこやき」


 帰り路、バーサーカーと並んで歩く。少し足が重いのは、トドメを刺し損ねたライダーがいったい誰に倒されたのかが気になっているからだ。

「はぁー……」

 何度目かのため息をつきながら、ふと目に入った屋台に立ち寄り、おじさんに「たこ焼き二つ」と注文する。

(マスターは致命傷に近かったとはいえ、サーヴァントは無傷だったわけだし、あの後誰かが手を出したのは間違いないんだけど……)

 代金を払いしばらく待っていると、ビニール袋に入れられた熱々のたこ焼きが出てきた、いい匂いだ。

(大樹兄も相手サーヴァントのクラスくらい教えてくれてもいいのに……いや、えこひいきはしないって言ってたもんな)

 私はそれを受け取ると、これまでもそうしていたように、それをバーサーカーへ手渡す。

「……おい」
「え?」
「お前、もしかしてこの為に俺を付き添わせているのか?」

 彼が両腕の荷物を指してそう言った。中身は昨日と同じく部品や薬や……諸々だ。
 私は「そうだけど」と素直に荷物持ちとして扱っていることを認め、何か問題があるのかと首をかしげる。

「……別に構わんが、あいにくこれ以上は持てねぇぞ」

 たしかに彼の手はいっぱいいっぱいだ、重量的にはまだ余裕がありそうなものだが、質量的には限界だろう。

「うーんそっか、じゃあたこ焼きはここで食べていこう、近くに公園があったはずだし」

 記憶を頼りに道を歩いて行くと、案の定、少し大きな公園を見つけた。遊んでいる子供の姿もなく、体の大きなバーサーカーとこの大量の荷物が一休みしいっても迷惑にはならないだろう。私は公園の奥の方にあるベンチを選んで腰を下ろし、ふう、と一つ息を吐いた。
 バーサーカーはといえば、座った私をじっと見たまま動こうともしないので、「荷物、置いて座ったらいいのに」と声をかける。彼は私の言葉通りにし、私の隣に腰かけた。

 ──三日目にしてわかったのだが、バーサーカーは基本的には従順である。

 戦闘時、非戦闘時に関わらず、マスターの言うことはだいたい聞く。

(しっぽもしまってくれたし)

 しかし腐ってもバーサーカー、油断するのは良くないとわかっている。
 ……わかっているのだが、

「……なんだ、食わねえのか」

 大人しく隣でたこ焼きを差し出している彼を見ると、どうも、三日前のような恐怖は湧いてこなかった。

(私も慣れたってことかな)

 ありがとう、とお礼を言って片方を受け取る。開けるとたちまち湯気が登り、美味しそうなソースの香りが広がった。ソースの上にマヨネーズ、青のり、踊る鰹節、屋台の食べ物というのはどうしてこんなにも食欲を駆り立ててくるのか…絶対美味しい。
 火傷をしないように、ふー、と冷ましてから頬張ると、予想通りの美味が口の中に広がった。
 なるほど、紅生姜が生地に混ざっているタイプか、そして思いの外タコが大きい、噛みごたえがすごい、うん、うんうんうん、美味しい。やっぱり美味しかった、うん。ただちょっとまだ熱かったので火傷はした。
 二つ目はもう少し慎重に食べようと決意しながら彼に視線を向けると、目が合う。……ずっとこちらを見ていたのだろうか。

「食べないの?」

 と彼が持つ残りのたこ焼きを指差せば、二、三度瞬きをした後「サーヴァントは飯を食わん」と返された。

「でも私、これ全部は食べきれないよ」
「ならなぜ買った」
「それはだって、バーサーカーも食べると思って」

 二つ目を口に含む。うん、美味しい。

「食事は魔力供給にもなるし、食べてよ。味覚がないわけではないんだよね」

 彼は少し黙って、それからしぶしぶと言った様子でパックの蓋を開けた。爪楊枝に刺さったそれを冷ますこともなく口へ運ぶ。もぐもぐと数回咀嚼したかと思うと、また一つ口に入れる、早い。

(ちゃんと噛んでるのかな)

 私がもう一つ食べ終わる頃には彼の分はすっかり空になっていた。

「……まだか」

 ぺろりと口の周りについたソースを舐めとって彼が訊ねる。私が冗談半分で「足りないなら私の分も食べていいよ」と笑うと、

「…………いらねぇなら、もらう」

 と予想外の答えが返ってきた。どうやら、口には合ったらしい。
 どうぞ、とたこ焼きを差し出すと、またペロリと全てを平らげてしまう。表情では分かりにくいが、割と気に入っているようだ。

「楽しみなんて必要ない、って言ってなかったっけ」

 空になった入れ物をゴミ箱に押し込みながらきくと、「別に必要ないとは言ってねぇ」と答える。

「愉しみを感じねぇと言っただけだ。……まぁメイヴが消えるまでの話だがな」
「どういううこと?」
「俺に王であれと願ったのはあいつだからな……この話はしたと思うが」

 なるほど、私が寝落ちた時の話か、申し訳ない。

「ともかく、あいつが居なくなったことで俺の霊基も本来の形に近づいているんだろうさ。そもそも俺が呼ばれたのもあいつに引っ張られて来たようなもんなんだろう」
「なるほど」

 本来の、と言った。彼はやはり自分のことを異端だと認識しているらしい。

(まぁでも)

 強く、忠義に厚く、決して屈することのない戦士。それがクー・フーリンだとすると、バーサーカーはやはり間違いなくクー・フーリンであると私は思う。
 それに、最初こそ戸惑ったものの、現状私に不満はない。何がどうしてこうなったのかは疑問ではあるが。

(公園でわざわざ考えることでもないか)

 そういうのはもう少し情報が集まってから部屋でじっくり考える事にしよう。
 そろそろ行こうか、と立ち上がったところで、視界の端に見知った姿を見つけ、あっ、と声を上げた。

「美樹ー!」
「わっ……楓ちゃん?」

 大声で名前を呼ぶと、私の友人はその綺麗な髪をなびかせ振り返ってくれる。休日にも関わらず制服のところを見ると、どうやら生徒会の仕事は忙しいらしい。

「今日も学校? お疲れ様」
「う、うん……楓ちゃんはお買い物? その……」

 気まずそうに私の後ろをちらちらと見る彼女に、そういえばバーサーカーの事を忘れていたと気がついた。

「あ、あー! あのね、父さんの親戚のお兄さんなの!! 荷物持ちに付き合ってもらってたんだー!!」

 ね! と振り返るも、彼は茶番に付き合う気は一切ないのか、無言で美樹を凝視している。

「そ、そうなんだ……えっと、初めまして、楓ちゃんにはお世話になってます。小野田美樹です」

 そう言って彼女は丁寧に頭を下げた。さすが次期生徒会長と噂されるだけはある、なんて礼儀正しさだ。それに対してバーサーカーはといえば、小さく「あぁ」と返しただけで名乗ったりする気が微塵もない。それはケルトの戦士としてはどうなのか、いやまぁ、名乗られても困るんだが。

「ごめんね!? ちょっと無愛想で……あはは」
「う、うん……」
「あ! 私達この後もちょっと行くところがあるんだった!! また学校でね!」

 そう言ってバーサーカーの背を押すようにして公園を出る。

「うん、またね、楓ちゃん」

 振り返ると、彼女は優しげな笑顔を浮かべて手を振っていた。

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