12章「未熟な発明品」


「ふわ、ぁ」

 本日幾度目かのあくびを漏らす私は、もはやそれを隠そうともしていなかった。そんな私に対して教師の小言が飛んだ気もするが、多分私じゃない、うん、多分違う、と決めつけて窓の外を眺めた。
 グラウンドではどこかの学年がトラックをぐるぐる走らされていて、お昼前の時間に可哀想にと少し同情心が湧く。

「ふゎ……」

 もう一度軽くあくびをしたところで、今度ははっきりと「藤堂」という教師の声が聞こえた。

「……退屈なのはわかったから、せめて隠そうとしろ」
「う……すいませんでした、十文字先生」

 周りからクスクスと笑う声が聞こえて少し不服に思う。みんなだって平安だか奈良だかの遥か昔の話なんて退屈だろう、私はそれを素直に表現しているだけなのに。
 けれどまた怒られるのもアレなので、話を聞いているような顔で、動くチョークを見つめていた。

(退屈)

 そう、退屈なのだ、なんせ今朝は起きてからただの一度もバーサーカーが口を開いていない。たしかに無口だとは思っていたが、呼びかけにも応えないのは少々つまらない。
 ここにも霊体化してついてきているはずだが、見えない、返事もないのではそれすら定かではなくなってきた。

「……はぁ」

 ため息と同時にチャイムが鳴る、あぁ、ようやくお昼休みだ。今度は何にはばかれる事もなく大きく伸びをして、お弁当を片手に教室を出た。美樹が「今日は一緒に食べないの?」と声をかけてくれたが、「用事があるんだ、ごめん!」と言い残してさっさと階段を駆け上がる。

 本来であれば施錠されている屋上への扉の鍵穴へ、こっそり作っておいた合鍵を差し込んだ。もちろん真っ当な合鍵ではない、私の工房で作った特殊なものだ。よくある鍵ならだいたい開けることができる、はず。

「能力の無駄遣い……ってね! 開いた!」

 試したのは今日が初めてだったが、扉は問題なく開いたようだ。うんうん、やはり私は天才だ。

 吹き抜ける風が心地よい、こんなに良い場所を生徒に開放しないなんて勿体ないにも程がある。
 存分にその風を堪能した後、私達以外は入れないようきちんと鍵を閉めてから「バーサーカー」と呼びかけた。……返事はない。

「……バーサーカー?」
「おう」

 二度目の呼びかけでようやく姿を現してくれる、もしかして本当に居ないのではと不安になるところだった。

「良かった……居ないのかと思った」
「そんなわけないだろう」
「うん、でも次からは一度で返事してもらえると嬉しいかな」
「あぁ、悪かったな」

 うん……と頷き返してから勢いよく彼を振り返る、今、なんて?「悪かったな」、「悪かったな」と言ったのかこのサーヴァントが、
 そんな言葉は初めて聞いた、いや、出会ってまだ三日しか経ってはいない私が彼のことを真に理解しているとは言い難いが、これは、これはわかるぞ、異常自体だ。

 ……はっ、まさか、

「バーサーカー……もしかして、機嫌良い?」

 訊ねると、彼は「そう見えるか」と言ってまた口を噤んでしまった……難しい、話すなということではなかったんだけど。
 念のためと二つ作ってきたお弁当の大きい方をバーサーカーへ渡し、適当な場所に座り込む。私が「いただきます」と食べ始めると、彼も隣でお弁当箱の蓋を開けた。もう諦めたのか「サーヴァントに食事は必要ない」とは言わないらしい。
 ……あのやり取りは嫌いではなかったので少し寂しい気もする。

「それで、バーサーカー、今日学校にきてみて何かわかったこととかある?」

 卵焼きを齧りながら彼に話しかける──ちなみに私は何もわからなかった。

「そうだな、何人か、マスター候補になりそうな人間はいたな」

 彼もまたゆっくりと箸を動かしている、今日は随分のんびりと食べているようだ。

「マスター候補?」
「言い方を変える、お前より魔力の強い人間だ」
「うっ」

 言葉の棘が突き刺さる、痛い、すごく。

「サ、サーヴァントの気配とかは?」
「今ここにはないな……流石にそれは、居たら気がつくだろう、お前でも」
「うっ」

 素直な言葉だとわかっている分、威力がすごい、マスターもう心が折れそう。

「なら……うん、そうだね……大丈夫……うん」

 いや、もう折れたかも。
 肩を落としながら持ってきた小瓶の蓋を開ける、むわ、と抑えきれない異臭があたりに立ち込めて、隣のバーサーカーが顔をしかめた。

「なんだそれは」
「魔力増強剤、的な」
「うさんくせぇな」
「……失礼な、私が作っているんだぞう」

 体に良さそうな薬草数種、精のつきそうな食べ物いくつか、それにちょっと怪しげなアレとかソレとかを少々、煮詰めて煮込んで乾燥させて粉にして、カプセルに詰め込んだ──時の、余った液状のままの薬。

 ……だめだ、自分でも胡散臭いどころかヤバイやつなんじゃないかと思えてきた。

まず色がやばい、濁ってるし、匂いもやばい、何がやばいって、もう全部、やばい。

「母さん直伝のレシピだし、効力は間違いないはず」

 これも試すのは初めてだけど、と少し口をつけてみると、なんとも言えない奇妙な味と、寒気がした。……味も、やばいのか。
 しかし良薬は口に苦し、勇気を振り絞って瓶を一気に傾ける。内容量およそ十ミリリットルを飲み干した感想としては──

 ──ここが地獄か、と。

「うっ……おえっ……」

 思わず吐き出してしまいそうになるのを堪え、大きく深呼吸をする。好奇心で固体にする前のものも試してみたいと飲んでみたが、これは二度とごめんだ、次からは大人しくカプゼル剤だけで賄おうそうしよう。

「これで少しは変わっているはず」

 ……と思いたい。どうかな、バーサーカー、と問いかけると「今はパスをほぼ閉じているから実感はねぇな」と冷めた返事が返ってくる。くっ、せっかく体を張ったのだ、できれば今すぐ確認してほしい。

「……あれ? 閉じてる、ってそれどういう、」

 そこで昼休みの終わりを告げるチャイムがきこえ、まだ食事中だった私は慌ててお弁当箱の蓋を閉めた。まぁ、それは放課後にでもまた聞くことにしよう。

「下手なこと言って、魔力を吸い尽くされて倒れでもしたら面倒だしね」

 自分でも情けないが、その可能性がある限り無理は禁物だ。
 来た時と同じように扉の鍵を閉めてから、階段を駆け下りる。次はなんの授業だったか、思い出しながら。

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