13章「放課後、呼び出し、応接室」


それは放課後と呼ばれる時間になってすぐのことだった。

 授業も終わり、当番もなく、友人達がこの後どこへ行こうかなどと楽しげに話す教室の中で、あぁ、無情にもソレが聴こえてしまったのである。

『二年B組、藤堂楓さん、応接室まで来るように』

 そう――呼び出し≠ナある。

「くぅ……どれだ……どれで怒られるんだ……」

 声の主は十文字先生だったように思う。今日の授業態度の悪さを言われるかもと考えたが、そんなのはいつものことだ、今更改まって呼び出したりはしないはず。
 ならば先週の課題を美樹に写させてもらったのがバレたか、それとも日本史の教科書類だけは置き勉していることがバレたか。
 あれもこれもと怒られる原因が思い浮かび、あまりの多さに絞りきれない、本当にどれだ。

 ……考えても仕方ない、覚悟を決め私は応接室の扉を叩く。

「し、失礼しまーす……」

 そっと中へ入ると、窓の外を見ていたらしい先生は、「来たか」とこちらを振り返った。
 お歳はいくつだったか、垂れた目尻には皺、髪と短く整えられた髭は白髪混じりではあるものの、その鋭い眼光はまだまだ現役だと言いたげな力強さを感じる。頭髪がきっちりと纏められたオールバックなのも威圧感を増長させている原因かもしれない。

 それでも真面目で優しい人柄で、普段はみんなにも人気の先生なのだが……叱られるとなると、すこぶる怖い、本当に怖い。

「え、えーと、十文字先生、何かありましたでしょうか」
「とりあえず座りなさい……あぁ、扉はきちんと閉めてくれ」

 よーし怖い、ちょっと帰りたい。
 だがこれも自業自得というもの、私の常日頃の不真面目さの代償だ、大人しくいう通りにする。

 ――と、扉を閉めたところで空気が変わった。

「えっ」

 感知能力の低い私でも気づくあからさまな変化、この異様な閉鎖感は恐らく、

(結界…!?)

 まずい、と思い扉を開こうとするが開くわけもなく。焦りを隠せずガタガタと戸を揺らす私の横に、バーサーカーが姿を現した。

「……っ! な、なんで、出てきちゃダメだって! ここには先生が……!」
「阿呆かてめぇ、敵に背を向けたままでどうする」

 バーサーカーの言葉で正気に戻る。だいぶテンパっていたらしい、この結界を張っているのは誰か? という当たり前の思考すら抜け落ちていた。

「ほう、それがお前のサーヴァントか、藤堂」

 ――サーヴァント、とはっきり口にした、つまり、

「先生も、マスターなんですね……」

 バーサーカーの背に隠れるようにして様子を伺う。先生が魔術師だったなんて全然気がつかなかった、私のことはいつから知られていたのだろうか。

「今日、屋上へ行っただろう」
「!」

 バレている、まさか、誰にも見られないよう注意していたというのに。

「あんなにわかりやすく魔術の痕跡を残すのはいただけないな、自分が魔術師だと名乗っているようなものだぞ」

 ――しまった、そうか。自分が感知に疎いからと全然気にしていなかったが、普通、魔力を込めたあんなもの使えば同業にはすぐバレるに決まっているではないか……!

「マスターかどうかまでは確信が持てず呼び出したわけだが……どうやら当たりだったようだな」

(……どうする)

 応接室は決して広くない、リーチの長いバーサーカーはここでは不利だ、相手のサーヴァントは未だ姿を見せていないが油断はできない、いっそ、こちらから先に――

「……まぁ待て、警戒することはない」

 何を言いだすんだこの人は、敵の結界に閉じ込められて警戒しない人など、

「あぁ、いや、そうかすまない、誤解があるようだ。……私は君達と戦うつもりはない」
「……っえ?」

 な……にを……言っているのだろうか……ここまで私達を追い詰めておいて、

「ふむ、そうだな、アーチャー」
「はい、ここに」

 先生の呼びかけに応え、美しい白髪の女性が現れる。驚いた、先程までなにも感じ取れなかったのに。

「この結界は周囲から魔力を感知できないようにする為のものでね……ちなみに本当にそれだけのものだ。先程、扉を必死に開けようとしていたが、君、鍵は確認したかね」

「え」

 そんなバカな、とゆっくり振り返って確認する。
…………「閉」の表示だ。ガチャン、と鍵を開けて扉を開ける。開いた。
 …………………なるほど、私は間抜けか? あぁ、無言のバーサーカーの視線が痛い。

「建て付けが悪いのか勝手に閉じるようでね……注意力が散漫だな、私の弟子なら破門にしているところだ」

 あぁ、耳も痛い、恥ずかしい、消えて無くなりたい。

「……まぁいい、君達を呼んだのは他でもない――同盟を結ばないかという提案をするためだ」
「同、盟……?」
「協力しようということだ」

 はぁ、とため息が聞こえる、すでに疲れたという表情は、まるで「まさかここまでポンコツだとは」と言っているような……

「まさかここまで未熟者だとは思わなかったが」

 あぁやめてくれ、口に出すなやめてください傷つきました。

「う……で、でも最終的に勝ち残るのは一人なのに、協力なんて……」
「もちろん期限付きだ……君、セイバーとは対峙したかな」
「は、はい」
「ならわかるだろう、あいつは強い、アレを倒すまでの間だ」

 どうだね、と問われて息をのんだ。たしかに現在力不足を痛感している私には魅力的な話に思える、だが、

(……信じても、大丈夫だろうか)

 残念ながら私は底抜けのお人好しでも、ましてや性善説を唱えているわけでもない。よく知っている学校の先生だというだけでは、信じるには、少し、足りない。

(どうする……!)

 向かい合い、無言のままただ時間が過ぎていく。何か、何か言わなくてはと口を開こうとした瞬間、相手のサーヴァントが一歩、前に歩みでた。

「疑うのも無理はありません、信頼の証として、我が真名を告げましょう、バーサーカーのマスター殿。
 ――私はアーチャー、巴御前。十文字殿のサーヴァントにございます」
「……は……」

 驚きのあまりまた言葉を失くす。えぇ、と、ちょっと待ってくれ、今もしかして、ものすごく大事なことを言われたな?

 サーヴァントの独断かとも思ったが、隣に立つ先生が何も言わないところを見ると、合意の上ということだろうか。

「もしそれでも信じられないのであれば……宝具を一つ、ご覧に入れますが」
「い、いいえ、大丈夫です」

 別にそれが嘘だと疑っているつもりではないが――信じられない、そんなに簡単に真名を明かすなんて、ましてや私はまだ手を組むとも言っていないのに。
 だが、たしかに、そこまでされては信じる以外の選択肢がない。

「わかりました、信じます……でも、返事は少し待ってください」

 今だに臨戦態勢を解かないバーサーカーの前に出る、何か彼が呟いたようにも聞こえたが……とりあえずは後回しだ。

「あぁ、今はそれで充分だ」

 先生が少し安堵したように微笑んだ。そうか、緊張していたのは私だけではなかったのか。

「それはそれとして、誠意には、誠意で応えないとですね……少々痛いですが、こちらの真名も明かします。クラスはバーサーカー、名は――」
「止めろ」

 背後から制止の声が聞こえ、同時に首にあたる冷たい感覚に息が止まる。

 …………彼の、槍だ。

「バ、バーサーカー、」

 首から上を動かして、彼の方を振り返る。冷たい、瞳だ。

「俺の真名を口にすることは許さねぇ」

 ぐ、と彼の手が動き、喉元に小さな痛みが走った。

「な、なんで、」
「……主人が間違ったことをしたならば、止めるのは従者の務めだ。そうだろう」

 耳元で彼が囁く、なんて低く、冷えた声だろうか、こわ、い、

 一歩間違えるとこちらの命が脅かされる、それがバーサーカーのクラスのサーヴァント、知っていた、理解していたはずだ、だが、だが――?

 ――本当に?

 今朝からの小さな違和感が私の猜疑心に火をつける。まさか? いやそんなはずは、

「俺の言うことを聞いてくれるだろう、マスター・・・・
「……っ! ……だ、だれ、ですか、あなた」

 疑惑が確信に変わった。

これは、私のバーサーカーではない……!

「……俺はお前の従者だ」
「ち、ちがう、バーサーカーは、オルタは、自分のこと従者≠ネんて言わない」

 それよりも、なによりも、

「私を、マスターなんて、呼ばない……!」

 嗚呼、そう、情けないことに、彼が私をそう読んだことは一度だってないんだから。

「……あぁ、これは、失敗したなあ、いやはや……諜報が足りなかったかねぇ?」

 小さな笑い声が聞こえた。そう認識したと同時に喉元の槍がただの腕に変わる。彼の青い髪が黒に変わり、燃えるような赤い瞳すら漆黒に染まった。身体に刻まれていたあの不思議な模様は消え、代わりに薔薇のような大輪の花の刺青がそのしなやかな身体には彫られていた。

「やぁやぁ皆さん初めまして――さぁて大人しく死んでくれるかい?」

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