16章「忠臣の最期」


「な……っ!」

 アーチャーの放った無数の矢が教室の中へと降り注ぐ。少女──の姿をしたアサシンは、一瞬驚いた顔をしたものの、その全てを躱し切ってから、「危ない危ない」と先程の黒い長髪の男の姿へ戻った。

「物騒だねぇ、もし本物の生徒だったらどうするつもりだったんだ?」

 そう言って薄ら笑いを浮かべたまま、教室の入り口に立つ私たちを振り返る。

「間違えないよ、これがある限りね」

 顔にかけたままのモノクルの位置を直しながら私は得意げに笑う。サーヴァントの真名すら看破できるのだ、もちろん一般人とそれ以外の区別などすぐにつく。

「そう…この心眼鏡しんがんきょうならね!!」
「…そのネーミングセンスはどうにかならないのか」

 キリリとかっこいい感じで決めた私の隣で先生が頭を抱える。なんだ、なにがダメなんだろうか心眼鏡しんがんきょう、「心眼」と「眼鏡」がかかっているのだ、眼鏡だけに。

「面倒なモン持ってんね、あんた」

 隅の方から聞きなれない女性の声が聞こえた、おそらくあれがアサシンのマスターだろう。生身の人間がどうやって避けたのかはわからないが、アーチャーの攻撃は当たっていないらしい。
 まぁ良い、出口さえ塞いで仕舞えばこちらのものだ。閉じられた扉に手を当てて、先生が何かを唱えると、すぐにこの教室全体が先生の魔力で満ちる、彼の結界だ。得意だとは聞いたがこんなに簡単に展開できるとは、相当優秀な魔術師ということだろう。

(ここまではほぼ計画通り)

 私が特定して、アーチャーが奇襲を仕掛け、先生が閉じ込める。
 本当はアーチャーの攻撃で戦闘不能ないし負傷でもして欲しかったところだが、避けられてしまったものは仕方がない。

「それで、この後はどうする気だ、藤堂」

 先生が私にだけ聞こえるよう小声で訊ねる。策があるとは言ったが、私が伝えたのはここまでだ。

「大丈夫です、任せてください。アーチャーさんには引き続き体育館の屋根の上で待機してもらって下さい」

 先生は頷き窓の外へ目配せをする。この学校は教室の棟と体育館を含む特別教室のある棟が少し離れてる、あの上からならもし万が一教室から逃げられたとしても追うことが出来るだろう。

「バーサーカー」

 名前を呼ぶと敵を見据えたまま、彼が「あぁ」と返事をしてくれる。さぁ、準備は整った。次の作戦はこうだ──

「叩きのめせ! バーサーカー!」

 先生が隣で「なっ、」と小さく声を上げるのと、バーサーカーが飛び出したのはほぼ同時だった。

「おい、まさかそれが策だというのか」
「? そりゃだって、逃げられない状況で私のバーサーカーとやりあえば、アサシンのクラス相手なら勝てますよね?」

 当たり前である、バーサーカーは魔力の消費量は尋常ではないがその分強い。正面から戦えば勝つのはこちらだ。…何故か先生がまた頭を抱えているが、何故だ。とても論理的ではなかろうか?

「なんならすぐにでも決着が…」
「おっと、舐めてもらっちゃ困るねぇ」

 すぐ側で声がしたことに驚き、振り返る。と、目の前にいたその男……、と私との間に割り込むバーサーカーの背が目に入った。

「…っと、早いな、あんた」
「ふん、俺の槍を避けておいて、よく言う」

 バーサーカーの槍は敵を捉えず空を切り、その先でアサシンが可々、と笑う。

「い、いつの間にこんな近くに」

 遅れてやってきた恐怖で声が震えた、バーサーカーが間に合わなければ私はどうなっていたのか。

「…それくらい、予想できなかったのか、馬鹿者」

 呆れた声で先生が縮こまった私の肩を掴み後ろに下がらせる。

「おまえはサーヴァント同士の戦いを想定していたようだが、これは決闘ではないんだ、お前と私の首を取れば奴等の勝ちになる…アサシンの速さなら不可能なことではないだろうが」
「…………しまった、それは考えていなかった」

 先生が、長い長いため息を吐いた。多分、今日一深い。
 いや、マスターがやられれば終わりだとわかっていなかったわけではない。セイバーもライダーもそうしていたわけだし。だが、私にはマスターを直接狙うなんて言う考えは…いや、あったな、対セイバーの時に真っ先にそれを選んだのは私だ。因果応報、か。

(待って、じゃあ私も相手マスターを狙えば)

 顔を上げアサシンのマスターを探す。その私の考えに気づいたらしいアサシンが、瞬時にマスターの前に躍り出た。簡単には手出しできないということか、ならば、

「先生、アーチャーさん、さっきのもう一度できますか」
「あぁ、だが、こうすばしっこくては狙い撃つのは難しいだろう」
「構いません、範囲はこの教室全体で」
「…正気か? 巻き込まれるぞ」

 バーサーカーの背に隠れる形でこそこそと先生と話し合う。アサシンとそのマスターは私たちの声が聞こえているのかいないのか、ニヤニヤとした表情のまま「来ないのかい?」とこちらを挑発していた。

「本当に…大丈夫なんだな」
「もちろん」

 クー・フーリンには矢除けの加護≠ェある。それが真名解放した宝具でもない限り、避け切ることなど造作もないだろう。…具体的にどう避けるのかはわからないが!

「そうか…信じよう、アーチャー!」

 先生の呼号に応え、窓の外、遠く向こうの方から無数の矢が教室へと飛び込んでくる。例えるなら、雨、だ。
 だがそのどれ一つとしてバーサーカーには当たらない。あるものは弾かれ、あるものは直前で墜落し、あるものは軌道を逸らしてこちらに…こちらに?

「う、わっ!」

 しまった、そうか、私が今いるこの場所も範囲内であることを失念していた。自分で言うのもどうかと思うが、自分がどう避けるかを考えていなかった、だなんて、ポンコツにもほどがある。

(し、しぬ…!)

 反射的にぎゅっと目を瞑り、痛みに構えて身を固くする、が、予想に反して一向に何も起こらない。
 不思議に思い恐る恐る目を開けると、目の前には先生の背中と、先生の眼前わずか数センチ先で何かにでもぶつかったかのように折れて落ちた矢が見える。

「……結界の応用、簡易的な盾のようなものだ」

 感情の読めない、低い声。表情はここからはうかがい知れないが、多分、すごく怒っている。

「へ、へへ、なんとかなるかなーって……いや、本当は何も考えてなかったんですけど……えへ、助かりましたー……へへへ」
「…………そんなことだろうとは、思っていた」

 また、ため息を吐かれてしまった。さっきよりずっと長い、ロングトーンだ、吹奏楽部もびっくり。

「ご、ごめんなさい……いやそれよりもアサシンとそのマスターは……!」
「……う」

 うめき声のする方を見れば、矢を躱しきれなかったのか、数本直撃を受けたアサシンが左腕を押さえて立っている、どうやら致命傷は免れたらしい。だが、

「……っ、嘘……? なんで……」

彼のマスターはその後ろで、何事もなかったかのようにそこに立っていた。

(傷を負ったようには見えない、普通の人間があれを全部躱すことなんて不可能なはず……なのに……!)

 まさか向こうも、何かしら防衛手段を持っていたというのだろうか。だが、何か魔術を行使した跡は見えない、いったいどうやって、と困惑する私の耳に「やっぱり、今日もついてるなぁ」と笑う声が聞こえた。

「……つ、ついて、る……?」
「運が良いってことさ」

 ……まさか、運が良い≠ニいうだけであの無数の矢を全て躱した、とでも言うのだろうか。いや、もしかしたら躱してもいないのかもしれない、運が良かった、と言うからには、偶然全ての矢が外れた≠ニでも言うのかもしれない。

 いずれにせよ、それはもはや強運なんてものではない、常人の範疇を越えた超能力のような何かだ。

 彼女は蛇のような笑みを浮かべたままこちらへゆっくりと近づいてくる。アサシンの横を通り過ぎたあたりで、彼が「下がっててくれないか、マスター」と小さく呟いた。
 しかし彼女はそれを意に介することもなく、私達からほんの少しだけ離れたところでようやく立ち止まり、何も持たない両腕を広げてみせた。

「ねぇ、他にはないの?」
「は……?」

 彼女は笑いながら続ける。

「今ならなんだってできちゃいそう……試してみようよ。……これはゲームさ、私は全て外れるに命を賭ける!!」

 なんて人だ。彼女は本当に、武器一つ、防具一つ持たないままに、私達と対峙している。アサシン苦しげに「マスター」と懇願するかのように呟いたのを見るに、恐らくこれは彼女の独断なのだろう。

「うるさいなあアサシンちょっと黙っててよ」

 アサシンのマスターは面倒臭そうに言い捨てる。……その時ふと、アサシンの纏う空気が変わったような気がした。しかし、こちらとしてもこの絶好の機会を逃すわけにはいかない。
 なにも素直にアーチャーに攻撃してもらう必要はない、バーサーカーで直接一気に──

「止めろ」

 低い、声で、アサシンがそう発した。
 なんの強制力もないたった一言なのに、私はその声のあまりの冷たさに動きを止めるる。

(ま、ず……っ!)

 彼が、まさかこの一瞬の隙を見逃すはずがないだろう。もう一度背後を取られる前に、「バ、バーサーカー!」と自分のサーヴァントを呼び戻した。
 だが彼はその場を動くこともなく、ただ、アサシンとそのマスターを睨みつけていた。何故、と困惑したがすぐにその理由を理解する、バーサーカーは、アサシンの殺意がこちらに向けられたものではない≠ニわかっていたのだ。

 そして、私がもう一度アサシンに向き直った時、彼はすでにその首を捕らえていた。
 自分の、マスターの首を。

「……っ、な、んで、」
「なぁマスター、俺は言ったよな、忠臣の進言はきくべきだ、と」

 アサシンの手に力が入る、が、どうやら殺すつもりはないようだ。
 ……そうでなければすでに彼女の首は地面に転がっていることだろう。

「だから嫌なんだ、主君なんてろくなもんじゃない、あぁ、俺は、今度こそ間違えないさ、俺が正しいって事を証明してみせる……例え、あんたを殺してでも・・・・・・・・・、な」
「…………っう、」

 アサシンのマスターが一層苦しげな顔で呻く、どうにかもがいているようだが、サーヴァント相手では無駄な抵抗だろう。

「……藤堂、今なら、」

 先生の声でハッとする、そうだ、今こそ絶好のチャンスではないか。

「バーサーカー!」

 彼の名を呼べば、彼は瞬時に相手の背後を取り、その槍を振りかざす──が、それよりも早く、アサシンの右手がバーサーカーの腹を貫いた。

「……っ! オルタ!!」
「邪魔しないでくれよなぁ」

 バーサーカーは力なく槍を落とし、その手で──腹部に突き刺さるアサシンの腕を、掴んだ。

「……!」

 左手は自分のマスターに、右手をバーサーカーに捕らえられたアサシンは動きを封じられ目を見開く、それは、彼が初めて見せた隙≠セった。

「──弓兵!」
「先生!!」

 私とバーサーカーの声が重なる、先生が頷いたのを確認してから、アーチャーの方へ目を向けた。

「──ええ、わかっております。この巴御前、動く敵ならばまだしも、止まった的を外したりは致しません。……行きます、義仲様──『滾る私の想いの一矢ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン』!!」

 放った────

 先ほどまでの幾千の矢とは違う、たった一撃、しかし強烈なその一本は、炎を纏いしかとアサシンの胸を貫いた。

「……はっ」

 彼は自嘲気味に小さく笑った後、声もなく「参ったな」だか「ここまでか」だか呟いて、その姿を消す。

 そうして、私達は、この戦いに確かに勝利したのであった。


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