17章「理由」


「つまり、このお守りをもらってから、あなたはすごい強運の持ち主になれたという事ですか?」
「そーだけど」

 ぶっきらぼうに答える彼女、アサシンの元マスターの手からそのお守り≠半ば奪うようにもぎ取り、心眼鏡しんがんきょう越しにまじまじと観察する。見れば見るほど、興味深い。

「これ……めちゃくちゃすごいものですよ! 超・一流の魔術師が作ったとしか思えないラッキーアイテム……! ち、ちなみにどこでこれを」
「ばあちゃんから」
「お祖母様から!?」
「……うるさいぞ、君達。一体誰のせいで私が今苦労していると思っているのかね」

 苛立つ先生の声に「す、すいませーん……」と返してから、でも教室の修繕を手伝うなと言ったのは先生の方じゃ、と小さくぼやく。私の不服そうな顔を見たアーチャーが「藤堂様はその、少しばかり独特なものを作り上げますから……」と苦笑をこぼした。

 ……別に、壊れたものを元に戻すくらい私にだってできる。
 だけどただ元通りだと面白くないと思い、少し形状を変えてみただけだというのに。

「馬鹿者、脚が八本もある椅子などあるか、無駄の塊ではないか」

 確かに少なくとも学校には置いていないかもしれない。でも格好良いと思うんだけどな、蜘蛛みたいで。
 とにかく先生から何もするなと言われてしまった私は、こうして敵のマスターとの交流を試みているところだ……ただ単に、私が彼女の強運の訳を知りたかっただけでもあるが。

「えーっと、それで、その……斑目さん、でしたっけ」
「柚月でいいよ、その苗字、いかつくて嫌いだし」
「じゃあ柚月さん……は、なんで聖杯戦争に? 聞く限りはお祖母様はともかく柚月さんは一般人のようですけど」
「うーん、成り行き? なんか偶然やばそうな儀式見つけちゃって、割と本気でやばいなーとと思ったんだけど、なんだかんだどうにかなって、そんであいつから聖杯戦争? の話聞いてさぁ、面白そうじゃんラッキー! って」
「…………へぇー!」

 視界の端に頭を抱えた先生の姿が見える。これは流石に私でも、うん、少し頭が痛い。軽いというか適当というか……

「でもやっぱりツいてなかったのかも、自分の主人を襲うような奴だったなんてさぁ」

 彼女があーあ、と言いながら大の字に寝転ぶ。

「……私は、言うほど悪いサーヴァントには見えませんでしたけど」
「……ふーん」

(アサシンは、マスターを守りたかっただけじゃないのかな)

 彼がマスターを襲ったのも、彼女のあまりにも無謀な行動を止めたがっているだけのように見えた。なにより最後のアーチャーの一撃、そのまま受ければ側にいた柚月さんだって無事ではなかっただろう。
 アサシンが、掴み上げていた彼女を遠くへ放り出さなければ。
 その時に打った背中が痛い、とぼやいてはいたが、彼女もきっとそれをわかっているのだろう、それ以上の文句は出てこなかった。

「真名がわかれば、なんであんな行動に出たのかわかるかもしれないんだけどな……」
「どうでもいいだろう、倒した相手のことなんざ」
「ん、バーサーカー、もう平気?」

 あぁ、と返事をする彼の顔色は確かに普段と変わらず、先ほどアサシンに空けられた腹部の穴も、もうすっかり元どおり、のように見える。

「ごめんね、私が治癒系の魔術が苦手なばっかりに自分のルーンで治させてしまって……」
「問題ない……だが、治癒系の魔術が≠ナはなく、治癒系の魔術も≠フ間違いじゃねぇか」

 減らず口め、元気そうじゃないかこの野郎。

「それよりだいぶ魔力を消費したと思ったが……お前の身体に問題はないか」
「うん? ばっちり! 全然問題なし!」

 ふんす、と力こぶを作るようにポーズを取ると、彼は少し不思議そうにした後「そうか」とだけ返事をしてまた黙り込んでしまった。
 ふふ、昼に飲んだアレは思っていたより効果があるらしい。やはり私は天才なのではなかろうか。

「終わったぞ」

 先生のため息交じりの声に振り向くと、(主にアーチャーの矢で)ボロボロになっていた内装、椅子や机なんかがすっかり元どおりになっていた。

「お疲れ様です、マスター」
「あぁ、ありがとうアーチャー……それで、藤堂、そこのマスターをどうするのか、決めたのかね」
「うーん……」

 そうだった、どうしようか。

 魔術師ではないとはいえ、正直マスターだけを生かしておく道理はない。特にこの手のタイプの人間は、チャンスさえあればもう一度サーヴァントと契約し聖杯戦争に復帰してくるだろう。
 しかし、人を殺すのは──やっぱり嫌だ。

「……! そうだ! 生かしておく代わりに、そのお守りを私にくれるってうのは……」
「嫌だ、この幸運を失うなんてごめんだね」

 断られてしまった。ううん、命より大事だと言うのか。殺人も避け、研究対象もゲットできる格好の機会だと思ったのに。

「それに、ばあちゃんから貰った大切なものだし」

 そう言われると辛い、無理強いができなくなる。

「……あ、お守りは無理だけど、ばあちゃんが残した本なら、いいよ」
「本?」
「うん、多分これの作り方とかも載ってるんじゃない? よく知らないけど」

 つまり魔術書、だろうか、なんと有難い。なんならお守りを貰うよりも役に立つ気がする、こんなところで他の魔術師の研究の成果を手にできるなんて。

「まぁ、今は持ってないけど」
「それで!! ぜひそれで!! お願いします!!」

 食い気味に声を上げた私に驚き、彼女は少し身を引きながら「あ、あぁ」と頷いた。

 先生はやれやれという顔をしているが、私を咎めるつもりはないらしい。彼も恐らく殺生を進んで行うつもりはないんだろう。

「さて、話はまとまったか? ……それでは、君……班目君は帰るといい、藤堂、君とは話の続きだ。今度こそ君のサーヴァントも一緒にな」

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