19章「教育者」


「十文字殿、そろそろお休みになられては」
「む」

 もうそんな時間か、と時計を見れば、時刻はとうに就寝時刻を過ぎており、アーチャーが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。……少し根を詰め過ぎただろうか。

「すまないアーチャー、時間を忘れていたようだ」

 今夜はここまでにるるべきかと思い、開いていたノートを閉じアーチャーへ向き直る。彼女は少し安心したような面持ちで「今日は色々ありましたから」と手に持ったお茶を私へ差し出した。

「ありがとう」

 湯呑みを受け取り口をつける……少し温い、もしや淹れてからしばらく声を掛ける機会を伺っていたのだろうか……律儀な事だ、気にしなくて良いというのに。

「十文字殿、少し質問よろしいでしょうか」
「なにかな」
「何故、藤堂殿を協力相手にお選びになったのですか?」
「……ふむ」

 疑問に思うのも仕方がない、確かに強力なサーヴァントであるバーサーカーのマスターと言えど、彼女単体の能力は共同戦線を張るにはいささか頼りない程度のものだ。
 マスターであるかどうかの確認をした成り行き上、と言えばそこまでだが、協力相手に相応しく無いと感じたのならばその場で退けるという手もあった。

 しかし彼女は、そう、丁度良かったのだ。

「……素直で嘘のつけない正直者、そう言った者が一番協力者には適している……と、私は考えている」

 生徒から提出された課題用のノートに署名された「藤堂楓」の文字をなぞる。残念な事に、中身は真っ白だ。これを持ってきた時の彼女のあの気まずそうな表情を思い出す、どうせならもっと上手くやればいいものを……と、毎回思わないでもないが、その正直さが彼女の美徳であるというのは私自身よくわかっているつもりだ。

「それに、多少頭の回りが遅い方が、後々に倒しやすい」

 協力≠キるとはいえそれは一時のこと、いずれ打ち倒す相手……いや、できればセイバーと相討ちになってくれれば都合が良い、そう考えて話を持ちかけた……
 ──はず、だった。

「いや、しかし……そうだな、彼女一人では、心配……になったのかもしれないな」

 アサシンを退けた後の彼女の安堵の表情を思い出す。
 自身のサーヴァントが瀕死状態だというのに、彼女は私達を警戒するそぶりすら見せなかった。
 心から信用したわけではないだろう、が、
『もし、この場でバーサーカーも始末しようとしたら──?』
 そんな卑劣な考えが、そもそも彼女にはないのだ。

「彼女はまだ、未熟、と言わざるを得ない。あれを弟子に持つ事になれば相当に苦労させられそうだ」

 空になった湯呑みを置き、それでも、と目を閉じる。

「……その成長を見てみたくもある、と言えば、君は笑うかね」

 最後にそう言ってアーチャーへ視線を向けると、彼女は驚いたような顔で瞬きをした後に、「マスターはお優しいのですね」と微笑んだ。

「これは甘いというんだよ」

 釣られたように苦笑いを返してからペンを取る。
 まぁ、どうであれ明日はまず、課題が白紙で提出されていることを問い詰める所から始める事にしよう。「再提出」と書いた付箋を貼って、今日何度目になるかわからないため息を吐いた。

 

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