23章「柔らかな一時」


 トントントン、と響く包丁の音。面倒臭がりの私だが、この音は嫌いじゃない。炊飯器から上がるお米の匂いだとか、レンジのなる音なんかも結構好きだし、料理は基本的に趣味のレベルで楽しめている。
 もちろん人に作ってもらえるのは楽だし、自分で作ると片付けが面倒だと思う気持ちはあるが、食べてくれる人がいるのなら作るのはやぶさかではない。

「……まだか」
「オルタ」

 私の手元に大きな影が落ちる。振り向くと、オルタが少し不満げな顔でキッチンを覗き込んでいた。

「もう少しだけ待ってね」
「…………」

 無言で彼が尻尾を揺らす、それがなんだか可愛くて私は少し笑った。

「何がおかしい」
「え? あ、いや、なんでもない、なんでもないよ」

 誤魔化すようにまた笑う私を、じっと睨むように見つめてから、彼は大人しく椅子に腰かけた。
 彼と出会って五日目、もう私は彼に対して恐怖心は抱いてはいなかった。……本音を言うとまだ少しだけ、怖いと思うこともあるが、目があっただけで震えてしまうようなことはなくなったと思う。

「はい、できたよ」

 ぐつぐつと煮立つ鍋をテーブルに運び、バーサーカーに声をかける。彼は真っ赤な鍋の中身を見て、少しだけ不服そうに目を細めた。

「あれ、もしかして辛いのは苦手だった……?」

 今日の献立は激辛キムチ鍋、私は先生の奢りで軽くご飯を済ませてしまったし、彼が食べるついでに少し摘めれば良いか、と、鍋にしたのだが、なにか気に入らないものでも入っていたのだろうか。

「肉が少ねえ」
「わっ……わがままだなぁ……」

 連日肉ばかりだったのを気にして具材を野菜中心にしたのが裏目に出たようだ、彼はそんな不満を漏らしながら箸を手に取った。

(流石にこれは素手ではいかないんだな……)

 それにしても器用なものだ、聖杯から現代の知識を与えられているとはいえ、使い慣れていないはずの二本の棒で食事をすることになんら問題がないなんて。
 ただ、それでもやはりばってん箸になってしまっているところは可愛らしいことこの上ない。

「あ、バーサーカー、いただきますは?」
「……イタダキマス」

 小さく舌打ちが聞こえたような気もしたが、彼は反抗することもなくそう言ってから大きな口に野菜を放り込んだ。もぐもぐと数度咀嚼したと思えばすぐにまた鍋に箸を伸ばす、相変わらず食べるのが早い。

「ゴチソウサマ」

 気付けば鍋の中身は全て彼に平らげられており、満足げな顔で彼は息を吐く。……一人前じゃ足りないだろうと、しまい込んでいた大きめの鍋を用意したのにこんなに早く完食されるとは。

「お粗末様です。……ふふ、なんだかんだバーサーカーも食事が好きになったって思っていいのかな」
「魔力供給だろう。お前の魔力だけでは頼りないからな、微量だろうが摂取する意味はある」

 頼りない、という言葉がグサリと刺さる。魔術師として先生との実力差を知らしめられた今はその言葉は禁止だ、とても傷つく。

「うう……で、でも、魔力増強剤もあることだし、次の戦いではもう少しまともに魔力を回せるはずだよ!」
「どうだかな」

 ふっ、と彼が微笑んだ。私はその表情に少しばかり面食らいながら、「大丈夫だってば」と怒ったようなふりをして見せた。
 そもそも彼自身も先生も私の魔力量の低さを指摘してくるが、宝具に回す魔力だとかは足りていないとはいえバーサーカークラスの彼を限界させ続けているだけでも相当なものだと私は思う。
 ……それすらも、狂化Eの彼にはまだ理性がある故に、むやみやたらに魔力を消費しないでいてくれているおかげというところはあるが。

「い……いや! 大丈夫! 明日の調査で今度こそ私はやってみせるもん! 私だってやればできるってとこ見せてあげるんだから!」

 誰に向けてでもなくそう宣言して拳を突き上げる私に、彼は笑うでも励ますでもなく「そうかい」と言ってふっと姿を消してしまった。霊体化したのだろう、その方が魔力の節約になるのはわかっているがなんだか寂しい。

「……明日、探索をするのならあの公園にしろ」
「?」

 彼の声だけが私に届く、「どうして?」と問い返しては見たが返事はなかった。理由を教えるつもりはないということか。

「まぁ、バーサーカーがそうしろって言うなら、そうするよ」

 信じてるからね、と独り言のように呟くと、やはり返事はないものの、私の側を何かあたたかな風が通り抜けたような気がした。
 気がした、だけだ、気のせいかも知れないけれど。
 それでも私はなんだか、彼が私の言葉で喜んでくれたように感じていた。
 
 
  トントントン、と響く包丁の音。面倒臭がりの私だが、この音は嫌いじゃない。炊飯器から上がるお米の匂いだとか、レンジのなる音なんかも結構好きだし、料理は基本的に趣味のレベルで楽しめている。
 もちろん人に作ってもらえるのは楽だし、自分で作ると片付けが面倒だと思う気持ちはあるが、食べてくれる人がいるのなら作るのはやぶさかではない。

「……まだか」
「オルタ」

 私の手元に大きな影が落ちる。振り向くと、オルタが少し不満げな顔でキッチンを覗き込んでいた。

「もう少しだけ待ってね」
「…………」

 無言で彼が尻尾を揺らす、それがなんだか可愛くて私は少し笑った。

「何がおかしい」
「え? あ、いや、なんでもない、なんでもないよ」

 誤魔化すようにまた笑う私を、じっと睨むように見つめてから、彼は大人しく椅子に腰かけた。
 彼と出会って五日目、もう私は彼に対して恐怖心は抱いてはいなかった。……本音を言うとまだ少しだけ、怖いと思うこともあるが、目があっただけで震えてしまうようなことはなくなったと思う。

「はい、できたよ」

 ぐつぐつと煮立つ鍋をテーブルに運び、バーサーカーに声をかける。彼は真っ赤な鍋の中身を見て、少しだけ不服そうに目を細めた。

「あれ、もしかして辛いのは苦手だった……?」

 今日の献立は激辛キムチ鍋、私は先生の奢りで軽くご飯を済ませてしまったし、彼が食べるついでに少し摘めれば良いか、と、鍋にしたのだが、なにか気に入らないものでも入っていたのだろうか。

「肉が少ねえ」
「わっ……わがままだなぁ……」

 連日肉ばかりだったのを気にして具材を野菜中心にしたのが裏目に出たようだ、彼はそんな不満を漏らしながら箸を手に取った。

(流石にこれは素手ではいかないんだな……)

 それにしても器用なものだ、聖杯から現代の知識を与えられているとはいえ、使い慣れていないはずの二本の棒で食事をすることになんら問題がないなんて。
 ただ、それでもやはりばってん箸になってしまっているところは可愛らしいことこの上ない。

「あ、バーサーカー、いただきますは?」
「……イタダキマス」

 小さく舌打ちが聞こえたような気もしたが、彼は反抗することもなくそう言ってから大きな口に野菜を放り込んだ。もぐもぐと数度咀嚼したと思えばすぐにまた鍋に箸を伸ばす、相変わらず食べるのが早い。

「ゴチソウサマ」

 気付けば鍋の中身は全て彼に平らげられており、満足げな顔で彼は息を吐く。……一人前じゃ足りないだろうと、しまい込んでいた大きめの鍋を用意したのにこんなに早く完食されるとは。

「お粗末様です。……ふふ、なんだかんだバーサーカーも食事が好きになったって思っていいのかな」
「魔力供給だろう。お前の魔力だけでは頼りないからな、微量だろうが摂取する意味はある」

 頼りない、という言葉がグサリと刺さる。魔術師として先生との実力差を知らしめられた今はその言葉は禁止だ、とても傷つく。

「うう……で、でも、魔力増強剤もあることだし、次の戦いではもう少しまともに魔力を回せるはずだよ!」
「どうだかな」

 ふっ、と彼が微笑んだ。私はその表情に少しばかり面食らいながら、「大丈夫だってば」と怒ったようなふりをして見せた。
 そもそも彼自身も先生も私の魔力量の低さを指摘してくるが、宝具に回す魔力だとかは足りていないとはいえバーサーカークラスの彼を限界させ続けているだけでも相当なものだと私は思う。
 ……それすらも、狂化Eの彼にはまだ理性がある故に、むやみやたらに魔力を消費しないでいてくれているおかげというところはあるが。

「い……いや! 大丈夫! 明日の調査で今度こそ私はやってみせるもん! 私だってやればできるってとこ見せてあげるんだから!」

 誰に向けてでもなくそう宣言して拳を突き上げる私に、彼は笑うでも励ますでもなく「そうかい」と言ってふっと姿を消してしまった。霊体化したのだろう、その方が魔力の節約になるのはわかっているがなんだか寂しい。

「……明日、探索をするのならあの公園にしろ」
「?」

 彼の声だけが私に届く、「どうして?」と問い返しては見たが返事はなかった。理由を教えるつもりはないということか。

「まぁ、バーサーカーがそうしろって言うなら、そうするよ」

 信じてるからね、と独り言のように呟くと、やはり返事はないものの、私の側を何かあたたかな風が通り抜けたような気がした。
 気がした、だけだ、気のせいかも知れないけれど。
 それでも私はなんだか、彼が私の言葉で喜んでくれたように感じていた。
 
 
 

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