24章「出会う前から/今ではもっと、大切な貴方のこと」
見渡す限りの荒野だった。
あぁ、でも近くに人が住めるような場所があったはずだ。少なくとも自分≠ヘそう認識しているようだった。
そして、今からそこにいる者達を根絶やしにするのだと。
なんでそうするのかは……忘れた、誰かにそうしろと言われたからそうするような、そんな気がする。
「──。」
自分≠フ名前を呼ぶ、美しい声。鈴の音のような、小鳥の囀りのようなそれに振り向けば、桃色の髪をなびかせた美しい女が、自分≠うっとり見つめていた。
「素敵よ、──。やっぱり貴方には赤が似合うわ」
手のひらを伝うどろりとした感覚、これは、血だ。自分≠フものなのか、それとも足下に積み上がった有象無象のものなのか……いや、そんなことはハッキリしている、この身は傷一つ負ってはいないのだから。
踏みつけた肉塊から聴こえてくる呻き声は、痛みに耐えているようで、自分≠ノ対する怨嗟の声のようで。
本来であればおぞましいそれを耳にしてなお、自分≠ヘ不快な心地などなく。
……かと言って、愉快であるはずもなく。
ただ、ただ……
──「そうあらねばならぬ」という義務感だけが、鎖のように絡みついているようだった。
「変な夢だったな」
平日の昼間、思っていたよりも人通りの少ない街をバーサーカーと並んで歩きながら、今朝の夢のことを話す。口を挟まずにそれを聞いていてくれた彼だったが、私が話し終えると「それは俺の記録だな」と遠くを見つめ目を細くした。
「え、でもそれなら私が見たのはアイルランドの土地であるはずなんじゃ……」
少なくともあの荒野は彼が生きていた時代とも場所とも違うような気がしたが。私が地理に詳しかったのならあれがどこかわかったのだろうか。
「……俺が、俺≠ノなった時の、記録だ」
「前に話してくれた、
反転した時の記録ってこと?」
「ああ」
そうか、ならきっと、私が自分≠ニして感じていたのは、彼の気持ちだったということだろう。
底冷えしそうな暗闇に沈んでいくような、なにもない、何も感じない、そんな静けさの中。それでも時折湧き上がってくる熱い何か、を無理やり押し込めるような、それの繰り返し。
あの夢の内容自体は恐ろしかったようにも思うけれど、それよりも、なんだかそれが、どうにも息苦しくて、
「──怖気付いたか」
「え、いや、そういうのは別に」
バーサーカーが一般的には怖がられる風貌をしているのは前からだし、ちょっと? 暴力的な面があるのもよくよく知っている。慣れてしまった身としては今更そんな夢ひとつで怖気付くも何もあるはずがない。
「……」
だが彼はこの答えが不服なのか、二、三度瞬きをした後、「そーかい」と不機嫌そうに視線を逸らしてしまった。
(怖がって欲しかったのかな)
もう恐怖はないけれど、まだそういうところは理解できない。
「でも、そうだなぁ、怖かったりはしなかったけど」
けど、でも、それよりも、
「……バーサーカーは、辛くなかった?」
彼が足を止める。私も、それに合わせるようにその場で彼を振り返った。
「何故、そんなことを聞く」
「なぜって……」
夢の中の彼は──ともすれば今も──少し、無理をしているように見えたから。
「自分のサーヴァントの心配をするのは、そんなに変なことじゃないと思うんだけど……」
まぁ確かに、夢に見たのは彼の過去、または未来なわけで、それに何を思おうが、私のサーヴァントとして現界している現在≠フ彼のステータスに変わりはないわけだけど。
「でもできることなら、いつだって幸福でいてほしなと思うんだよ」
そう思うくらいには、私は彼を大切に思っているので。
昔、どうしようもなく憧れた、神話の中の大英雄。
死んでなお膝を屈することはなく、数々の武勇に彩られたアルスターの戦士、光の御子、その名を――クー・フーリン。
生前だって、死後だって、穏やかではなくとも彼なりの幸せがそこにあって欲しいと、そう願うのはおかしいだろうか。
……というか、少し重すぎるだろうか。心なしかバーサーカーの私を見る目が冷たい気がしてきた、ううう。
「……よりによって、
狂戦士にそれを言うのか」
「うーん……そうかもしれないけど、でもやっぱり私は英雄クー・フーリンが大好きだから」
狂化していようが、反転していようが、
貴方は
クー・フーリンだ、少なくとも、私にとっては。
「まぁいい……ともかく、あまりサーヴァントの人格と感情を考慮するな、それは、槍の矛先を鈍らせる」
「それって、私の身を案じてくれてるってことでいい?」
「…………話聞いてたか、お前」
呆れたような声で彼が言う。そしてそれより少し小さな声で「俺はお前のサーヴァントだからな」と付け足した。
「……! うん、へへ」
「何故笑う」
「いやー、なんかこのやりとり、よく考えると恥ずかしいっていうか……なんか、照れるね!」
「……」
あっ、今ため息吐いたな、この男。せっかくちょっといい話っぽくなったのに。
彼が「早く行くぞ」と先を歩くので、置いていかれないよう私もその隣に並ぶ。
もっと彼と話がしたいと思ったが、どうやらそれは難しいらしい。目的地の公園は、もうすぐそこだった。
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