25章「再戦」


「それで、どうするつもりだ」
「まぁ見てて! ……じゃーん!」

 公園の中央、ひらけた噴水広場のさらに中心で、私は香水瓶を取り出し得意げに笑って見せた。もちろん、中身はただの香水などではない。
 この液体はこの街で一番マナの濃いお寺の後ろにある森、そこの地下水をぎゅぎゅっと凝縮した魔力水≠ネのである。名前はシンプルすぎるので今後改名予定だ。

「これを噴水の水に混ぜて、ちょっとした霊脈程度に魔力量の高い場所にする。それなりの魔術師なら違和感には気づくはず」
「……当のお前にはわかるのか」
「わ、私にも感知できるくらい強力なやつだもん!」

 この作戦を伝えた時の先生と同じ事を言いおって、ちくしょう。

「さらに昨日は満月だったから、一晩月光に当てておいた! 抜かりはないよ!!」
「それに意味はあんのか」
「ある!! ……かも……しれないじゃん……わかんないけど……」

 だって満月ってなんだかこう、神秘的な感じがするし、効果はありそうじゃないか……うう、何か言ってくれ、そんな目で見ないでくれ、お願いだから。

「と、とにかく! この魔力水≠ミと吹きで、意図的に高密度の魔力場を作り出せるんだってば、この辺りを拠点にしてるなら間違いなく様子を見にくるはず──」

 がしゃん、

「……」
「…………」
「………………全部ぶちまけたように見えるが」
「あああぁぁ……」

 手を滑らせた私は、噴水にひと吹きしようとしていたそれを、足元に盛大にぶちまけた。これ、お気に入りの靴だったのに……いや、それよりもだ、

「……なに、この臭い……」

 ツンと鼻をつくような刺激臭が辺りに漂う。以前試しに使った時にはもっとフローラルな、お花の香りがしていたはずなのに、なんでだ。
 昨晩の月光か? あれが悪かったというのか?
 あぁ、バーサーカーの威圧感のせいで遠巻きになっていた親子連れのみなさんが遂にはそそくさと帰っていく、完全に不審者扱いだ、さすがにちょっと、傷つくな。

「あーあーあー……びしょびしょだぁ……」

 結局これはマーキングのようなものなので真水で洗い流せば落ちる……が、このまま家に帰るわけにもいかない、それでは敵に私の家がバレてしまう。……もうこの噴水広場で水を浴びるしかないのか? それはできれば最後の手段にしたい。

「これじゃ本当に私自身が餌みたいなものじゃ……」
「──早速釣れたたようだな」

 なにが、と顔を上げた瞬間、鋭利な何かが頬をかすめる。剣だ、飛んできたのだ、また、刃物が。
 刃物、刃物、刃物……いい加減にして欲しい、剣というのは振って斬りつけるものであって、決して投げる為の物ではないと思う。それを、みんな揃ってぽんぽんぽんぽん投げつけるなんてどうかしてる。私が知らない内に世界の常識が書き換わったとでもいうのかまったく。
 しかし流石にこういったことにも慣れてきたので、はじめの時のように、情けなく尻もちをついたりはしないのだ。強くなったぞ、私。
 まぁ、数秒ほど、声は、出なかったが。

「また会えて光栄だ、バーサーカーとそのマスター殿。当方を探していたようだが……何か、用だろうか」
「セ……セイバー!」

 作戦は、どうやら成功という事で良いらしい。まさかこんなに早く大本命を引き当てるとは思わなかったが。

(先生に連絡を……)

 何かあった時用に、と持たされた式神を、奴に見つからないようこっそりと飛ばす。恐らく大丈夫、バレないよう込めた魔力は最小限にしたって先生が──

「──そうか、承知した、マスター」
「え」

 一閃、彼の剣が空を斬る。何事か、瞬きをした次の瞬間、真っ二つに割れた式神がひらひらと地面に落ちた。

(びょ……秒でバレてるじゃないですか、先生!)

 全然隠しきれてないじゃないですか、やだぁ……!
 いや、過ぎた事を嘆いても仕方あるまい。それよりも今の彼の発言だ。彼は確かにマスター≠ニ言った。
 私には見えないし聴こえないが、彼がマスターと会話をしていたのは明らかだ、きっとこの場の何処かにマスターが居るのだろう。
 ならば、ここは私の発明品の出番だ。
 ──そう考えた私がカバンに手を伸ばすより早く、セイバーが私の目の前で・・・・その手に持った剣を振り上げた。

(しまっ……!)
「……ちっ」

 振り下ろされる寸前で、セイバーの剣をバーサーカーが弾き返した。そしてもう一度彼を追うようにその槍を突き刺す。
 しかしそれを軽々とかわし、セイバーは涼しい顔で「貴殿のそれを使わせるわけにはいかない」と、もう一度その武器を構え直した。
 さぁ、どうするか……いや本当にどうしよう。
 協力相手である先生との連絡手段は断たれてしまったし、相手マスターを見つけるために心眼鏡しんがんきょうを取り出そうにも、セイバーが「怪しい動きをするならば、斬る」とでも言いたげに私を睨みつけているし……というか情けない事に、そんなに早く見つけられると思っていなかったからセイバー対策なんてつゆほども考えられていないし。

「……バーサーカー、宝具を、最初から全力でやらなきゃ、きっとダメだと思う」

 彼は、セイバーから私を庇うように前に立ち、振り返らずに「……足りるのか」と口にした。

足りなくても・・・・・・! …… 持っていけるだけ、持っていって!!」

 私が叫ぶ、セイバーが駆け、その剣を振り下ろす。バーサーカーは「了解」と低く呟いてそれを正面から受け止めた。

「──行くぞ」

 彼の持つ槍に魔力が集中し、反比例するように私の体からは力が抜けていく。ライダーと戦った時と同じだ、しかしその時より遥かに楽な気がするのは増強剤の効果だろうか、これなら──
 
 ぶつん、
 
 ──どこからか、何かが切れるような音がした。

「……え?」

 大きな影が、私の後方へ吹き飛ばされる。それがなんなのか確認するためゆっくりと振り返ると、倒れるバーサーカーの姿が目に入った。

「……! バ、バーサーカー!」

 セイバーの追撃があるかもしれない、彼に近づくのは危険だ──そう頭では理解していても、体は勝手に彼に駆け寄っていた。
 横たわる彼の肩を揺すり、何度も彼の名前を呼ぶ。そうして目を開けた彼は、怒りの滲む瞳で私を睨みつけた。

「てめぇ……何故、パスを閉じた」
「!! そ、そんなこと……」

 してない、はずなのに、
 それでも確かに力が、彼に流れていない……!

「なんで、どうして、」

 足音が近づいてくる。まずい、まずい、
 どうにかしなくちゃいけないのに、どうするのが最善なのかがわからない。

「……どけ」

 傷が深い、恐らく立つのだって難しいくせに、彼がそう言って私の肩を押しのける。

「もう終了か、いささか拍子抜けだな」

 セイバーが、もう、すぐそこに居た。トドメを刺そうと、振り上げられた剣を見て、私は思わずバーサーカーに覆い被さった。

「だめ……っ!」

 死にたくない、と思っているはずなのに、それ以上に死なせたくない、と、
 ──負けさせたくない、と思ってしまって、
 だけどこの行動になんの意味もないことはわかっている、私ごと彼を貫けばそれで全て事足りるのだから。
 きっと、セイバーとそのマスターもそうするはずだ。
 ……そうするはずだと思っていたのに。

「……っ」

 ──なぜか、セイバーは一瞬、動きを止めた。
 そして、即座に後ろへと飛び退く、セイバーがついさっきまで立っていたそこには──燃え盛る矢が突き刺さっていた。

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