26章「情という名のしがらみ」


「──藤堂!」
「せ、せんせ、」

 私を呼ぶ声に顔を上げると、息を切らせた十文字先生が、私達へ駆け寄るのが見えた、その向こうにはアーチャーの姿もある。
 あぁ、良かった、助けられたのだ。
 安堵感に溢れる涙を堪えながら、私は「どうして」と声を絞り出した。

「だ、て……し、しきがみ、きられ、」
「私の元までたどり着かなくとも、異常があれば気がつく……大丈夫か」

 大丈夫に見えるんですか、と言いそうになるのをぐっと堪え、「バーサーカーが」と言って彼を見る。
 明らかに重症だ、すぐにでも何らかの処置が必要のはず、治癒魔術を、だけどきっと私よりも彼自身のルーンの方が効き目が良い、けど、その為の魔力が彼には足りない、だから、早く、彼に魔力供給を、けれど、でも、パスが、魔力のパスが、切れて、私、

「落ち着け」
「っ……!」

 ばしん、と、両肩を強く叩かれる。私はハッと正気を取り戻し、ようやく先生の顔を見た。先生は少しほっとしたような、焦ったような表情のまま、私を真剣に見つめていた。

「とにかく落ち着け、藤堂、時間ならば私達が作ろう、まずは君のするべき事を思い出せ」
「す、するべきこと」

 先生が「アーチャー」と彼女を呼ぶと、彼女は一つコクリとうなずいて手に持つ弓に矢をつがえる。そうして放たれる矢の雨は、少しづつセイバーを私たちの元から遠ざけていった。

「見たところ致命傷ではなさそうだ、とにかく動けるように回復させるのが先だな」
「致命傷では、ない……? で、でも、バーサーカー、起き上がれなくて」
「自己修復が間に合っていないのだろう……魔力不足だ、供給があれば、君のサーヴァントはすぐ良くなる」

 だけど、パスが繋がってなくて、とまた涙を滲ませる私に、先生は「違うな」と首を横に振る。

「パスは恐らく正常だ、他の外的要因が何か……いや、そんなことよりも、とにかく今は迅速な魔力の提供が必要そうだ」
「どうやって」
「君も魔術師なら方法はいくつか知っているだろう? 少し原始的だが、君の血を……いや、傷をつけさせるのはあまり良くないな、君のマスターではなく申し訳ないが私の魔力を……」

 そう言って手ごろな刃物を探そうとする先生を押し除ける。おい、という先生の声を聞きながら、私は倒れる彼の横に跪き、彼に顔を近づけた。
 ……相変わらず綺麗な顔だ、怖さには慣れても、この美しさにはちょっと、慣れそうもないな。

「……魔力供給の方法くらい知ってます、私がやります……私が、彼のマスターなんだから」

 少し驚いた様子の先生が何かいうよりも早く、私は彼の唇に──キスをした。
 触れるだけの、子供のような口付け……当たり前だ、だって初めて・・・だったんだから。

(これで、あってる、の?)

 ゆっくりと彼から離れる、と、その頭を彼の手が押さえ、また彼の方へと抱き寄せられた。

「んっ……!?」

 今度は貪るような、食らいつくような激しい口付け。そんなのは、ドラマの中でしか知らなかったけれど、少し怖かったけれど……後頭部に添えられた彼の手の温もりがなんだか優しく感じたので、私は彼を信じて身を任せることにした。

 ……それしか、選択肢がなかったとも言えるが。

「んっ……! ぷは、はぁっ、はっ……!」
「……充分だ」

 彼は言うや否や、私を手で退けセイバーとアーチャーの戦いへ飛んで入る。私はようやく息が出来るようになった、と、肩で浅く呼吸を繰り返しながら、少し血の滲んだ唇を拳で拭った。

 必要があってやった事だ、彼だってそう思ってるし、というかそうとしか思っていないはずだし、特別な感情なんて、何も、ない、から、

 ……あぁ、頬が赤くなってなければ良いんだけど。

「大胆だな、君は」
「きっ……緊急事態ですから……っ、……できれば、忘れてください」
「……失礼、今のはデリカシーに欠ける発言だった」

 そこまで、気にしてませんけど、と言った私に、先生が手を差し伸べる。私はその手をとり、ありがとうございます、と言って立ち上がった。

 バーサーカーの駆けて行った方へ目を向ける。どうやら戦いは拮抗……いや、少しばかり押されているようだ、なんて強さだ。恐らくバーサーカーが万全ではないのもあるのだろう、見た目だけはキレイに繕ってあるが……まだ、中身はボロボロだ。

「……マスターを、見つけなきゃ、サーヴァント同士の戦いで万が一があり得るかもしれない、です」
「……概ね同意だな」

 おおむね、という言い方が気になる、先生は何か、言いにくいことでも言うかのように、私に何かを遠慮しているかのように短く息を吐いた後、真剣な面持ちで少し離れた大木を睨みつけた。

「……さて、次期生徒会長殿がサボりとは感心しないな、小野田」

「──え?」

 先生の口から、親友・・の名前が出た。何故? そんなこと、考えるまでもないことだけど。

 それがどういうことか、どんな事実を示しているのか、わかってはいるけれど、半ば信じられなかった私は、「私の知らない小野田さんなのかな」と、どこか他人事のように考えていた。

 美樹が、その姿を見せるまでは。

「……何故お気づきになられたのですか」
「君は隠す≠フが上手いようだが……すまないな、それは私も得意でね」

 同じ性質の魔術を使うから、気づいたとか、そういうことなんだろうか。いや、それよりも、そんなことよりも、

 ──魔術師、だったの? なんで、そんなの、

「……そんなの、きいてない……」
「……楓ちゃんだって、言わなかった」

 それも、そうだ、私だって言わなかった。魔術師とはそういうものだ、そもそも、普通の人にそんなこと言ったって信じてもくれないだろう。

「い、いつから」
「生まれた時から……私の家、魔術師の家系なの」

 初めから、出会う前からそう・・なのか、
 じゃあ、全て彼女がしたことだったっていうのか、

「……あの夜、セイバーに私達を襲わせて、さっき、私達を、襲わせた、のも」
「……」

 彼女はなにも答えず、気まずそうに目を逸らした。つまりはそう、そういうことなのだ。

「う、嘘だぁ……だって、美樹、この前、ここで偶然会った時だってなにも、言わなかったし、だって、だって……」
「……藤堂、そろそろ理解しろ、お前が正直すぎるのだと。聖杯戦争に参加する者としては、むしろ小野田の言動が正解だ」

 だとしても、だとしてもだ、
 友人が自分を殺そうとするかもしれない、なんて覚悟、私はできていなかった。

「み、美樹が……友達が魔術師だって、参加するって知ってたら、私……」
「──聖杯戦争になんか、参加してなかった?」

 彼女が私の言葉を遮る。怒っているような苦しんでいるような、そんな声だった……私を、責めているような声だった。

「楓ちゃんの……あなたの願いは、友達と戦いたくないから≠ネんて理由で諦められるような、簡単に捨てられるようなものなんだね」
「……っ」

 ズキン、と胸が痛んだ。親友から向けられた敵意に、私は怯んで返事もできない。

 ……はじめて、見たんだ、そんな眼をする美樹なんて。

「セイバー!!」

 掛け声と共に彼女のサーヴァントが眼前に姿を現す、次いで、バーサーカーが私と彼の間へと現れ、睨み合ったまま動かなくなった。

「……私は違う、そんなに簡単に諦められる願いなんかじゃない、だから……だから……っ」

 泣きそうな声でそう告げた美樹が、踵を返して林の中へ走り出す。彼女の名前を呼び名がら走り出そうとした私の前に、セイバーが立ち塞がりその剣を私へ向けた。バーサーカーではなく、マスターである私の目を真っ直ぐに見つめながら、彼は告げる。

「貴殿をマスターに近づけるわけにはいかない、大人しく──っ、」
「……おい、話は終わったかよ」
「野蛮な男だ、終わったように見えたのか?」
「は、そいつは悪かったな」

 向けられた切っ先をバーサーカーの槍が弾き、セイバーの言葉が途切れる。それが開戦の合図だとでもいうように、彼らはまたお互いを睨みつけ、駆け出した。

「っ、バーサーカー!!」

 セイバーの剣を交わしながら、彼はこちらを見て、「やるべき事をやれ」とそう告げる。

「……っあ、りがとう……!」

 私は彼等の横を走り抜け、美樹の後を追った。
 
 


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