31章「お前の願いは」
──夢のようなものを見た。
「……これは」
身の丈に合わない分厚い本を抱えた少女が、ポツンと一人で俯いて立っている。同じくらいの背丈の子供が、彼女を遠巻きに囲うようにして何やら小声で話していた。
「楓ちゃん、いっつも変な本ばっかり読んでるの」
「変だね、怖いね、あっちいこうよ」
今度は大人、一見立派そうに見える仰々しい奴等が、同じように何かを言っている。
「ああ、確かあの藤堂の血の……」
「しかしこうも才能がないのでは、あの家も終わりだな……せめて優秀な後継ぎを産めるような胎があれば良いが」
「無ければ良いが、の間違いだろう?」
「ふ、違いない……」
不快な声に晒された少女は、ただ黙って本を抱きしめる腕の力を強くした。くだらない、そんな有象無象の言葉など気に留める必要もないだろう。しかし少女はそうは思っていないらしく、弱々しい声を絞りだした。
「……私は、母さんと父さんの子供でいて良いのかな……」
「──当たり前じゃない」
愚かな群衆よりずっと遠くから、微笑む歳若い男女がそう声をかける。
「あなたは私達の大切な娘」
「君はそのままでも充分なんだ」
けれどその声に彼女は顔を上げることはなく、「私は……」と声を震わせていた。
……既に、俺はこれがなんなのか気がついていた──これは夢、マスターである藤堂 楓の過去だ。
そして、そこで立ち尽くしている幼い少女こそが、小さい頃の楓なのだろう。
「……ち、」
俺の知ってる彼女とは随分違う、弱々しいその姿に苛立ちが募る。どうした、そんな奴等の言葉など気にするようなタマじゃあなかっただろうが。
(……いや、俺は何故、わかったつもりになっている……)
あいつと俺が出会ったのは数日前の事だ。そしてこの聖杯戦争が終わればそれまで、その後出会うことなど無いだろう。
マスターとサーヴァントなどその程度の関係だ、だから、俺はあいつの事など何一つ知らないし、これからも知ることはない。そのはずだ。
(……変わらない、こいつが俺の期待通りの人間であろうとなかろうと、俺のすることはなにひとつ)
──そのはずだ。
「私、は…………っ!」
下を向いたまま震えていた彼女が勢いよく顔を上げる。落ち込んでいるのかと、涙でも浮かべているのかと思っていたその瞳は──強い決意に満ちていた。
「ダメなんかじゃない、できない子なんかじゃない、絶対、絶対……証明してみせる、私自身の力で、必ず……!」
「──……!」
どこからか風が吹く。瞬きほどの間に、幼い少女の背は伸び、俺のよく知る彼女と同じ姿になっていた。
瞳に宿る決意はそのままに、先ほどよりもしっかりとした声色で「必ず」と繰り返す。暗い森の中で──俺と彼女が初めて会ったあの場所で、ボロボロになった本を片手に、少女は声を張り上げた。
「告げる──」
──そうか、お前が聖杯戦争に望むのは……
(ああ……そいつは悪くねえな)
魔術師が聖杯を求める理由なんざ、ろくなもんじゃねえだろうと、退屈な理由であろうとタカを括っていたが、そうか、お前は違うのか。
例えマスターであるお前の願いがなんだったとしても、俺のやることは変わらない。それでも、
「──お前のサーヴァントとしてここに有るのは、存外、悪い気分はしねえもんだ」
ああ、困ったことに、どうやら俺は俺自身が思っていたよりも奴のことを気に入っているようだ。
その事に、たった今俺は気づかされたわけだ。
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