32章「あなたの願いは」


「ねぇバーサーカー! 次はクレープ食べに行こうよ、クレープ!」
「……………………」

 無言、後にため息。何度目かのそれを聞こえないフリをして私はそのお店の列に並ぶ事にした。
 さすがは平日、さほど待つこともなく私は目的のチョコバナナクレープとデラックスクレープの二つを手にしていた。黙ったままの彼に大きい方を差し出すと、眉根を顰めたままそのクレープを睨みつける。

「食べないの?」
「…………………………」

 また無言、それでも彼は大人しくそれを受け取り、そのまま躊躇いもなくかじりついた。……せっかく、色々のっていて見た目も可愛かったのに、写真くらい撮りたかったな、映え? るやつ。

「ん〜……美味しい!」

 私も自分のクレープに口をつける。バナナとチョコ、生クリーム……シンプルなトッピングではあるが、やはり原点こそが頂点、この組み合わせが私は一番好きだ。
 バーサーカーの方をちらりと振り返れば、依然不服そうな表情で(でもクレープは完食したようで)彼がこちらを見ていた。

「……なんで今日は一段と機嫌が悪そうなんだよう……」

 むしろ、昨日彼の固い腕枕で眠ったせいで首を痛めた私の方こそ、そちらに対して文句を言う権利があると思うのだが?
 いいたいことがあるなら言ってくれ、と彼の瞳を正面から見つめ続けていると、目を細めた彼に「これはなんの意味がある」と低い声で尋ねられた。

「うーん……特にはない! かな!」

 上手い言い訳も特に思い浮かばなかった私は、素直に「私がバーサーカーと遊びたかっただけ」と告白する。しかしやはりというかなんというか、その答えはお気に召さないようで、「あぁ?」と一層低い声で凄まれてしまった。

「ほ、ほら、先生が言ってたじゃん、後悔しないようにって……! この前は荷物持ちばっかりさせちゃったからさ、そうじゃないお出かけがしたいなーって」

 目的地も定めず、目に入った楽しそうなお店に寄ったりなんだりしながら、ぶらぶらと街を歩く……友達と遊ぶっていうのは、そういうのを指すものだと思う。私はそれを彼としてみたかった。

「……あのジイさんが言ってたのはそういう意味じゃないと思うが」
「そ、そうだろうけど」

 多分、先生や彼が言っているのは、後悔する結末を迎えないよう、戦いの準備をしておけということだろう。

「でも、いいの! ……こうしておかないと、きっと後悔するから」

 ──アーチャーとの戦いが終われば、残りサーヴァントは私たちとあと二人……ランサーとキャスターになる、聖杯戦争の終わりは、もうすぐそこまで迫っているのだ。

(──……寂しいなんて、きっとおかしいんだろうな)

 たった数日一緒にいただけ、サーヴァントはただの使い魔、情が移るなんてどうかしてるって……優秀な魔術師ってやつなら、そういうのかもしれない。

(だけど、私はそんな風には割り切れないや……)

 だって私にとってこの人は、私を守ってくれる人。
 私の代わりに戦ってくれる人。

 ──そして、私の夢を叶えてくれる人。

(絶対に忘れたくない、この人の事を)

 だから、思い出が欲しいと思ってしまうのは……おかしい事じゃないと思う。少なくとも、私にとっては。

「私は勝っても負けても後悔しないようにしたいんだ」
「……ふん」

 私の意図など知らない彼は、やはり不満そうに私から目を逸らす。「俺の見込み違いだったようだ」なんて言葉が聞こえて少し傷ついたが、そういう割には渡した食べ物は全て平らげているくせに、と思うとまぁまだ軽傷だ。落ち込まないぞ。

「逆にバーサーカーはしたい事とか行きたいところはないの?」
「ねぇな、……俺は遊楽のために召喚されたんじゃねぇぞ」
「えー、じゃあ食べたいものは?」
「……ねぇな」

 食べたいものへの返答には少し間があった。なんだ、意外と現世の食べ物は気に入ったんじゃないか。

「じゃあ食べ歩きツアーだ! ……って言ってもお高い店とかはいけないし、買い食いツアーかもだけど」

 美味しそうなものを買い込んで、ちょっと遠出……そう、行き当たりばったりなピクニックだ。そう考えると俄然楽しくなってきた。

「バーサーカーはお肉好きみたいだし、駅前のからあげ屋さんも寄ろうか、あそこ美味しいって噂だし」
「……」

 それには何の反論もしなかったバーサーカーに苦笑しながら、私は彼の手を引いた。




 
「いい風だ〜〜!!」

 吹き抜ける風を全身に受けながら、私は大きく伸びをする。教会の裏の森を抜けた向こう……小高い丘の上で、私は草むらの上に仰向けで寝転がった。

「景色もいい〜! 街が一望できるね〜!」
「……その体勢じゃ見えねえんじゃねぇのか」
「まぁね」

 立ったまま私を見下ろす彼、こうして見ると彼がより大きく見える。もし知らない相手であれば、間違いなく恐怖の対象になるだろうという体格差だ。
 それに彼はサーヴァント、力がある。もし彼が気まぐれにその足を踏み出したなら私の頭部は間違いなく潰れてしまうだろう。
 もちろん彼がそんな事をするわけが無いと知っている、例えこのお気楽ピクニックに不満があったとしても、彼はマスターを裏切ることはしない。

「バーサーカーも座りなよ」
「……」
「ね」
「……ちっ」

 舌打ちは聞こえたが、マスターの命令の一つと捉えたのか素直に隣に腰掛ける。がさりと音を立てたビニール袋の中身は、ここに来るまでにすでに半分にまで減っていた。
 私は起き上がり、その中からサンドイッチを取り出して食べ始める。バーサーカーももう私に何を言って意味がないと諦めたのか、同じようにフランクフルトにかじりつく。……はて、結構大きいと思っていたが、たった二口で彼の胃袋に収まってしまったようだ。
 それを微笑ましく思いながら、眼前に広がる自分の街を見下ろした。

「……いや、本当にいい眺めだよね、ここ……お気に入りの場所なんだ、嬉しい時や落ち込んだ時、ここに来るって決めてるの」

 彼は黙ったままじっと私を見る。彼をここに連れてきた理由を問われているような気がしたので、私は勝手に話を続けた。

「バーサーカーと仲良くなりたかったから」
「何のために」
「……勝つため」
「……ふざけてんのか」

 いつの間に実体化させたのか、街を歩くときは隠していたはずの彼の尻尾がゆらりと揺れる。そして、脅しのつもりなのかその尾はぐるりと私を取り囲んだ。

「ふざけてないよ、もちろんそれだけじゃないけど」

 触れるだけで私の皮膚くらいなら簡単に傷つけられるであろうそれを目の前にしても、私は不安も恐怖もやっぱり沸いては来なかった。だって、そんなことしないと私は彼を信頼してるから。
 ──そう、信頼。

「……バーサーカー、冗談ぬきにさ、私はこのままじゃ先生にはきっと勝てないんだよ」
「わかっているならこんな所で悠長にしてる場合じゃねえだろ」
「ううん、例えどんな作戦を立てたってだめ、だって、サーヴァントの貴方が強くたって、私が足を引っ張るもん」

 自分で言っておきながらどうにも情けなくて少しだけ俯いた。誤魔化すように笑う私に、彼は何も言わない。ただ、彼の赤い瞳が、刺すような鋭さを持って私を睨んでいるのだけは感じていた。

「──なら、お前はどうする、諦めるのか」
「まさか」

 顔を上げる、赤い瞳と私の視線が交差する。けれど怯むことなく、私は彼に片手を差し出した。

「作戦は、ある。だけどその前に──バーサーカー、貴方には私を信じて欲しい」

 微動だにしない彼に、私は続ける。

「宝具どころか実体化し続けるための魔力だって怪しいような頼りないマスターだけど、私を信じて戦って欲しい……それができなきゃ、きっと私達は勝てないから」

 彼の目が細められた。それがどういう感情によるものなのか、私には判別がつかない。

「……てめぇは、それに対する俺の答えがなければ俺を信用はしないってことか」
「それこそまさか、信用も信頼もしてるよ、バーサーカーは絶対「うん」って言ってくれるって」

 ……半分は嘘だ、まだ少しだけどきどきしている。だって私がポンコツなのは事実だし、彼の足手纏いになるのも事実だし。
 もしかしたら、「もっと優秀な魔術師に召喚されたかった」と思われてるのかもしれないし。
 ……ああ、なんだか、異様に口の中が渇く。
 彼は瞬きすらせずに、変わらず私を見つめ続けていた。
 もう一度彼の名前を呼ぼうと張り付いた唇を開こうとしたそのとき、彼が口元を愉快そうに歪ませる。

「──そうかよ」

 それだけ、それだけを彼は口にして、差し出していた私の手を取った。何よりも明確な彼からの返答に、私は思わず「よかったぁ」と大きく長く息を吐く。

「今日一日ずっと機嫌悪そうなんだもん、嫌われたのかもってちょっと不安になっちゃった」
「信じてるんじゃなかったのか」
「しっ……信じてるよ! 信じてたってば!」
「ふ、調子のいいやつだ」
「…………!」

 ──戦闘以外で笑う彼を見たのは、これが初めてかもしれない。
 少しだけ優しげな顔に見えるのは……勘違いなんかじゃないと、いいのに。
 そう思いながら彼をぼうっと見つめる。いつの間にか沈み始めた夕陽の光が、彼の青い髪に反射してキラキラと輝いて、綺麗だった。

「……ねえ、バーサーカー、バーサーカーは、聖杯が手に入ったら、叶えたい願いはある?」
「さあな」
「さあなって……例えばさ、受肉……とか」
「……そんなもんには興味はねえ」
「っはは、だよね」

 そういうと思った、と笑ってから握っていた彼の手を離す。そろそろ家に帰って明日のことについて話し合わねば。

「──……、」
「?」

 風の音に紛れてバーサーカーが何か言っているような気がして振り返るが、彼は視線を落とすだけで口を開くことはなかった。
 私もそれ以上は何かを聞くこともせず、「帰ろうか」とだけ声をかけて、帰り路を歩き始めた。
 










 
 
「帰ろうか」と言った彼女に続くように、俺は脚を動かした。
 先ほどの自分は、きっとどうかしていたのだろう。

 ──もう少し、その笑顔を見ていたい──などと、口にしてしまったのは。

(……馬鹿馬鹿しい願いだ)

 俺がそれを願うことは二度とないだろう。けれど──俺を信じていると笑った彼女の笑顔を、忘れてしまうのは惜しいと、今でもそう、感じていた。
 
 

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