33章「きっとこれは最後の夜」


 自宅に帰ってきた私たちは、早速対アーチャー戦の対策会議を始めた。私は私は自信満々に机にバン、と手を突き、声高に叫んだ。

「とにかく押す! 以上!」
「……………………お前……」

 あぁなんて低くて恐ろしい声色だろうか。しかししかし待ってくれないかバーサーカー、もう少し話を聞いてくれ。

「と、巴御前についての逸話は調べたけど! それよりなにより今までの共闘でわかったのは、彼女はたしかに遠距離戦を得意としてる事だよね?」
「……まぁな、あれが全力だったかはわからんが」

 それは……恐らく全力ではなかったのだろう。勝つことに必死なのは私の方だけで、先生達にはまだどこか余裕があったようにも思える。なんというか、仮に私達が倒されたとしても自分達だけで決着をつける用意はある。みたいな感じで。

「なら、近距離で立ち向かえばいい、バーサーカーの武器は槍だもん、中距離近距離は得意でしょ?」

 無言の肯定。なので私はまだ言葉を続ける。

「それに、ただの矢だけであればバーサーカーの矢除けの加護で当りはしない、相性は悪くないんだよ、ただ──」
「問題はお前の魔力不足か」
「…………う、うん」

 そう、サーヴァント同士の戦いだけならバーサーカーに負ける理由はない。けれど、どうしてもマスターの性能に差が出てしまう。

「……長期戦になれば勝ち目はほぼない、向こうもそれをわかってるはずだから、きっと戦闘を長引かせてくる、と思う」

 そうなれば──必ず負ける。

「だから、私達が狙うのは短期決戦──宝具だ。戦いが始まればすぐに宝具を開帳してほしい」
「ほう」

 ス、と細められた瞳が、「できるのか」と私に問いかけてくる。私はすぐに「できる」──とは言えずに、一度大きく深呼吸をした。

「繰り返しになるけど──信じてほしい、私を」

 沈黙。しかし先ほどのような不安も緊張もない。彼は私を信じてくれると、今の私には確信があるから。

「……あのマスターが結界とやらをアーチャーにかけた時は、どうする」
「多分、それはない。今までの共闘で、先生は一度も彼女にその魔術を使わなかった」
「必要なかっただけじゃねぇのか」
「いや、恐らくだけど結界の発動に条件があるんだと思う。個数か大きさに制限があるとか、動いてるものには使えないとか……」
「読みが外れた時は」
「──私が先生に攻撃を仕掛ける」

 先生はきっと、その防御魔術を自分自身に使うだろう。当たり前だ、マスターがやられればサーヴァントも負ける。優先すべきはマスターの命なのだから。
 私は以前ライダー戦で使ったモデルガンを手に取った。

「これ、また改良したんだ。一発一発の威力は少し落ちたけど、前よりずっと少ない魔力で撃てる、これを使って、先生の意識を私に向けさせる。だから、その隙に、バーサーカーは宝具でアーチャーを討つ」

 作戦は以上! と彼を見上げると、少しおかしそうに唇を歪める彼と目があった。

「あぁ……そいつはわかりやすくて良いな、面倒なのは性に合わん」
「! ふふ、実は私もそうなの」

 もしかしたら無策を叱咤されるかとも身構えたが、私の無策にも近い特攻作戦は、どうやら彼のお気に召したようだ。
 ならば後はもう話し合うこともない、私達は明日、互いに互いを信頼しするべき事をするだけなのだから。


 
 ──そういうわけで、明日に備えて今日はもう眠ることにしたの、だが。

「…………バーサーカー、なんで、ベッドに、いるのかな……」

 私と彼、二人でぎゅうぎゅうのシングルベッドの上で、私は真横に横たわる彼に問いかける。昨日は、そう、流れでそうなってしまったけれど、今日わざわざこんな窮屈な状態で寝るというのなら理由の説明が欲しい。

「あ? ……魔力供給にちょうど良いだろ」
「いやぁ……どうかな……霊体化してた方が差し引きお得なんじゃないかな……」

 何度も言うが私の魔力量などたかが知れている。その私から肌と肌の接触で微々たる魔力を補給したとて、足しになるとは思えない。
「ならどうする、他の方法・・・・でも試してみるか?」
「他の方法……」

 私とバーサーカーが試した魔力供給は、食事、接吻、血液、添い寝……の四つだったと記憶している。他の方法ということは、添い寝を除いた他の三つのどれかということだろうか。

(き……きすはちょっと……やだな、恥ずかしいし……でも血も……痛いしな……)

 無難に食事が一番良いだろう。一日目の夜と同じような結論に至った私が、「また何か食べる?」と聞くと、彼は「そうじゃねぇ」と苦い顔をした。

「えぇ……血を吸われるのは痛いからあんまりして欲しくないな……」
「同感だ、美味くはなかったからな」

 あれ、なんかそれはそれでちょっと傷つくぞ。

「──じゃあ逆に、バーサーカーはどうしたいの?」

 彼にももしかしたら希望の供給方法があるのだろうかと思い訊ねる。それが添い寝これだと言うなら甘んじて受けよう、と彼の返答を待っていると、にやりと口元を歪めながら、彼が「あるじゃねぇか、まだ試してないのが」と言って、私を抱き寄せた。

「な」

 近く彼の顔に鼓動が早くなる。押し返そうにも残念ながらびくともしない。

(あとは魂を食べさせる、くらいしか……でもそれは絶対させたくないし、他は、他、ほか──)

「────……っ!」

 ひとつだけこの状況で思いあたるものがあり、私は声にならない悲鳴をあげる。こ、こ、こ、この男が言っている「試してない方法」というのはまさか、

 セッ……────!?

「……っ、……!? ……、…………っ!!」
「………………冗談だ」
「!? な、なんっ…………た、タチが悪い……!」

 パニックで固まる私を、彼は鼻で笑った。腹いせに少し強めに彼の胸を叩くが、彼にはなんのダメージにもならずとても悔しい。

「言って良いことと悪いことがある! この状態でそんな冗談言うなんて、どうかと思うよ!?」
「なんだ、ビビってんのか? ……俺のこと怖くねぇんじゃなかったのかよ」
「そういう怖いとこの怖いは別でしょ!!」

 なんだか楽しげな彼にムカついて、ポカポカと叩いてみるが……やはり、びくともしない。本当に悔しい。

「まぁ、その方法が嫌ならこのまま大人しく抱かれていろ」
「だっ……! そ、その言い方も、良くない……!」

 私がそう呟くと、面倒なやつだ、と言ったきり彼は目を閉じて黙り込んでしまった。その方法を取られたくなければこのまま眠れということか。

「…………しかたない、な……」

 まだうるさいままの心臓を落ち着かせようと大きく深呼吸をしてから、私も彼の腕の中で目を閉じた。──さっき、少しだけ「それも良いかもな」なんて思ってしまったのは──起きた時には忘れていますように。
 
 

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