34章「決戦」
森を進む足取りは少し重い。人の踏み入った形跡の少ない茂みの中を、私とバーサーカーは並んで歩いた。
「油断はするなよ」
「わ、わかってる」
決戦は森の中と指定はされたが、具体的にどことは言われてはいない。もしかしたら、接触する前に攻撃を仕掛けてくる可能性だってある。……先生は好みそうにない手ではあるが。
私はウエストポーチの中身を確認し、手に持ったハンドガンを何度か握り直す。大丈夫、用意はし過ぎるくらいにしてきた。きっと大丈夫、大丈夫。
もう少し歩けば少し開けた場所にでる、恐らくそこが勝負の場になるだろう。アーチャークラスの向こうに有利な立地にはなるが構うものか、場所さえ特定できればバーサーカーの力でどうとでも──
──そんなことを考えながら視線を向けた遠く向こうに、
木にもたれかかる人影が一つ、目に入る。
「──、」
先生かアーチャーか、そう考え身構えた瞬間、その人影は真横に
崩れ落ちた。
「……? なん──」
「下がれ──!」
言うと同時に彼が私を突き飛ばす、かなり強く。勢いでその場に尻餅をつくどころか、少し離れた木まで後退りその幹に背をぶつけた。痛みに顔をしかめつつも彼の方へ目を向けると──その方に、彼の槍によく似た朱槍が突き刺さっていた。
「──ほう、これはまた、懐かしい顔をまた見るとは」
──アーチャーと戦うつもりでここに来た。
しかし私達の目の前に立ち塞がったのは、あの白い長髪の女武士ではなく──
──紫の髪をなびかせる、赤い瞳が印象的な女だった。
──何故そこまで醜くあろうとする?
昔──いや、今より先か──後か──俺が王となった時に、そんな問いを投げてきた女がいた。
その時に俺がどう答えたのか、何故そんなことを聞かれたのか……良くは思い出せない。
必要のないことだからだ、今の俺には、不要の記録だからだ。
わかっている、けれど今、目の前に立つ女が、その時俺を哀れんだ女と同じ姿形をしていたから──無意味にも、そんなことを思い出しかけたのだろう。
──阿呆でも弟子は弟子、介錯してやるが情けだろう。
そんなことを言いながら──死んだ。俺が殺した。
──
あの時は、確かにそうだった。
「久しいのう、セタンタ」
「……いちいち幼名で呼ぶんじゃねぇ」
彼が自分に突き刺ささる槍を引き抜き、無造作に投げ捨てた。その傷は決して深くはなく、彼自身の治癒のルーンによってすぐに塞がれる。
「まさか挨拶程度で死にはせんと思っておったが、避けられんとはやはりまだまだ未熟じゃのう」
「…………言ってろ」
バーサーカーは槍を構え、私に「離れていろ」と声をかける。私は頷いてから立ち上がろうとして──地面に散らばる紙切れに気がついた。
それは、つなぎ合わせれば、人型の何かになりそうな──
「これって、まさか、先生の……」
バーサーカーと、彼に対峙する紫色の──恐らく、私の知らないサーヴァントから離れるように、回り込むようにして、ここに来たときに見た人影の方へ走る。
その場所には私の予想どおり、十文字先生が倒れ伏していた。
「せ……先生……!」
やはり先程の紙切れは先生の式神の残骸だったらしい。あのサーヴァントにやられたのだろうか。慌てて先生の肩を揺すると小さな呻き声が漏れ、彼はその目を開ける。どうやら息はまだあるらしい、ホッと肩を下ろす私を見て、先生は──その手を私の頭部へと伸ばした。
「……えっ、なっ……!」
攻撃される──? と身構えて両手を眼前で交差させた私の、背後で大きな衝突音がする。なにが、と身をよじり振り返ると、どこからか飛んできた銃の弾丸が、空中で何かにぶつかりその場に落ちるのが見えた。
「け、けっ、かい……?」
「──戦場で油断をするな、馬鹿者」
息も絶え絶えという声でそう言ったのは、横たわったままの十文字先生だった。先ほど伸ばされた腕は、なるほど私を傷つけるためのものではなく私を守るためのものだったらしい。
「あ、ありがとうございます……その、先生、アーチャーは」
「…………私の力不足だ」
そうでしたか、という言葉しか私にはかけることが出来ない。とにかくわかった事は、先生とアーチャーはそこの初対面のサーヴァントとそのマスターにやられたという事だ。
(……相手のサーヴァントの情報は──)
心眼鏡をかけ、バーサーカーと対峙したまま微笑んでいるそのサーヴァントをガラス越しに覗き込む。……対魔力はセイバーと同じくらいか、なら、問題はないはずだ。
(クラスは、ランサー……真名……は……)
目が霞む。少し、ランサーとの距離が遠すぎるのか、うまく彼女のステータスが見えない。距離を詰めようか、と立ち上がったところで、ランサーと目があった。
「っ、しまっ……」
「──スカサハ」
しかし彼女は私の行動を訝しむでも警戒するでもなく、さも当たり前のように名を口にした。……恐らく、彼女の真名を。
「なん……」
「ふ、どうせ黙っていたところで、お主が伝えてしまえば意味もあるまい、のう、セタンタ」
「……ふん」
バーサーカーはスカサハと名乗った彼女の言葉を否定しなかった。つまりは、そういう事だ。
スカサハ──ケルト神話に、彼の伝承に登場する影の国の女王。彼の、師匠にあたる人物だ、だが……
「あ……ありえない、スカサハという人物は伝説通りなら死ぬことの無くなった人物──ほとんど神霊みたいなものだ……! 座に刻まれるなんて、サーヴァントとして召喚されるなんて、普通あり得ない……!」
「ふむ、それがな、あるのだ今こうして」
あっけからんとそんなことを言いながら、ランサーは手にした槍を軽々と回す。悪い冗談だよね、と言ってしまいたかったが、彼女から一切視線を逸らさず警戒を続けるバーサーカーを見るに、きっと嘘でもなんでもないのだろう。
「御託は良い、早速死合おうではないか。せっかくサーヴァントとして召喚されてはみたものの、手応えのない者ばかりで些か退屈しておったのだ」
混乱する私を置いて、サーヴァントの二人は互いの得物を手に睨み合う。私が「待って」と声をかけるより早く、二人の槍は交差した。
「ま、まって、バーサーカー……、だめ、だめだ、た、対策が、ない、わ、私、なにも……」
もう、思考がまともに働かない。
十文字先生と、アーチャー・巴御前、その二人と、正々堂々決着をつけるために私達は今日ここに来た。それ以外の敵と遭遇するなんて、全然考えられていなかったのだ。
(ばか、私の馬鹿、残るサーヴァントはアーチャーだけじゃないんだって、なんで考えられてなかったんだ……!)
バーサーカーに伸ばそうとして、やり場のなくなった腕から力が抜ける。だらりとぶら下がった手の先に、硬いものが当たった──ウエストポーチだ。
「……あ、っ」
──そうだ、なにをぼうっとしているんだ私は。まだ、私にも出来ることが、あるはずなのに。
「……っ、バーサーカー! そっち任せた!!」
彼からの返事はない、視線も交わさない。けれど大丈夫、彼のことは信じているし……彼は、きっと私のことも信じてくれている。
ならば私達の作戦は変わらない。私達は互いに「するべき事をするだけ」なのだ。そして、今私のするべき事は──
(──マスターを、探さなきゃ……!)
再度、心眼鏡に魔力を込める。先ほど私と先生を狙っていた弾丸は、恐らく彼女のマスターが放ったものだ。そしてそれからは魔力のようなものは感じなかった、すなわち、魔術的なものではなくただの銃……それも、割と小さめの弾丸……そう、拳銃のようなものだと思われる。
ならば、恐らく近くに──
「……い、た……っ、そこ!」
ハンドガンを構え、弾を打ちこむ。残念ながら私の狙いは相手ほど正確ではなく当たりはしなかったようだが……それでも、位置がバレた事を理解してか、一人の男が姿を現した。
「あー……っと、まさかそっちも飛び道具持ちとはね……お嬢ちゃん」
いやに馴れ馴れしい、警官服の青年が頭をかきながらため息を吐く……どこかで、見たことがあっただろうか。
「あれ、もしかして覚えてない? ……えぇと、あの時はごめんね、俺も別に君のことを中学生だと思ったわけじゃなかったんだけど……」
「……! あ、あの時の……!」
本当に申し訳なさそうにそう言った男の顔を見て思い出す。三日前、私と先生が駅で待ち合わせていた時に声をかけてきた──あの警官だ。
「思い出してくれて嬉しいね、それじゃ……始めようか」
「── 藤堂!」
発砲音と先生が私の名前を呼ぶのは同時だった。私に向けて放たれたであろう実弾は、先ほどと同じように私の目の前でころりと地面に落ちる……先生がいなければ恐らく二度は死んでいた。
「じゅ、銃……け、警察官の持ってる拳銃って、民間人に発砲したら懲戒免職なんじゃないんですか!?」
「あー、大丈夫大丈夫、これは俺の私物だから」
「私物!? 私物の銃……!?」
なぜこの現代日本でそんなものを……と思ったが、私も改造ハンドガンを持っている身だ、何も言える立場にはない。
「え、えと……ラ、ランサーのマスター……さん、戦う前に、話を、」
「する必要はないだろう、藤堂 楓ちゃん」
「……っ! なんで、名前……」
目の前の男は拳銃を下ろさず、しかし結界を警戒してか打っては来ない。
「簡単だよ、
聴いていたから」
「聴いて……?」
「盗聴器。……魔術的なものですらないから、そこの先生も気づかなかったみたいだね」
「……! じゃあ、あの時声をかけたのは、それを仕掛けるために」
「うん、君がマスターだと気づいたから……あんなにわかりやすくサーヴァントの気配を纏わせてたら、そりゃあね」
口調は軽く、友好的な雰囲気すら醸し出して。しかし銃口は私から逸らされることはなくらんらんと光る瞳は瞬きすら惜しいというほどに私を狙って離さなかった。
「だから、先に
面倒な方から倒させてもらった──次は君達の番だ」
リボルバーが回る音がする。私は、相手を刺激しないよう気を付けながらウエストポーチへと手を伸ばした──。
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