35章「信じること」


 女の槍と俺の槍が幾度も交差する。奴の腕ならば、決着をつけようと思えばすぐにでも俺の心臓を持っていきそうなものだと思っていたが、そうはせず俺の力を確かめるように楽しむように槍を振るう。それは奴のマスターの指示なのか、それともこの女の個人の判断なのか……どちらにせよ、その振る舞いは俺には不快だった。

「ふ、そのような顔をするでない、すぐに終わらせるのもつまらんだろう?」
「……俺にそんなもの愉しみは必要ない」
「そうか? ……そうか、随分と退屈な男だな、今のお前は」

 敵と相対しておきながら、無駄話に興じる余裕。それも俺には不必要だ。
 だから、俺は容赦も油断も手抜きもなく、目の前の女に槍を振るう。

「ふ、さて……どうなるか。お前が儂の本気を引き出すが早いか、儂のマスターがお前のマスターを殺すが早いか──それとも、お前達の魔力が切れる方が早いのか」
「……言ってろ……!」

 互いに宝具を切ることはないまま、互いの力は拮抗する。流石の師匠とはいえ、バーサーカークラス、別側面《オルタ》の俺では勝手が違うのか、どうやら思っていたよりかは善戦できるらしい。

 ──もちろん、負けるつもりは毛頭ないが。

「時にセタンタよ、お前のマスターは捨て置いて良いのか?」

 幼名で呼ぶなと、何度言ったところでこの女はそれをやめるつもりはないようだった。俺は女の問いかけには答えず、ただただ森を駆ける。

「くく、答えぬか──まぁ良い、勝手に話すとしよう。……お前のマスターはお世辞にも頼りになるとは言い難い、このままでは儂のマスターに殺されることもあり得るぞ?」
「俺には関係ねぇな」

 奴の投げた槍を一本、かわす。……槍が二本あるというのも面倒だ、そうでなければ、もう少し隙もありそうなものを。

「関係ない、か──残念じゃ、まさか、貴様がそこまで……戦いにしか興味のない本当の狂戦士と成り果てるとはな」
「──あ? 違ぇよ」
「……違う?」

 言葉を交わしながら──あるいは向こうが一方的にこちらへ話しながら──絶えず俺たちは苛烈に攻めあった。最中、聞き捨てならない言葉が聞こえ、それには流石の俺も否定せざるを得なかった。

「どう違うのだ、現にお前は今、マスターの姿も見えぬ遠方で、其奴の魔力を食い潰して儂と先頭に興じているではないか!」

 彼女の槍に力が入る。自分のことでもあるまいに、よくもまぁ、そこまで熱を入れられるものだ。
 だが、違うものは違う。女が言っていることの中で、正しいのは一つ、あいつの魔力を食い潰している、という点くらいのものだ。

「──あいつは、俺に信じろと言った」

 だから、あいつはあいつでやるべき事をやるのだと信じている。それだけだ。

「…………ほう、なんだ、お主……思いの外、いい主人に巡り会ったと見える」

 ──ならば、以前よりかは楽しめそうだ。
 そんな事を言って笑った女に、俺はもう返事はしなかった。
 
 
 


「── 藤堂ちゃーん、隠れてばかりじゃ、埒があかないよー」

 かくれんぼでもするかのような気軽さで、警官のお兄さん──ランサーのマスターは私の名を呼ぶ。こちらとしては拳銃を持った(しかも躊躇なく発砲する)男に追われているわけなのだから、そんな気軽に返事もできるわけないんだけど。

(どうしよ……どうする? ハンドガンは私の魔力を弾にする以上、乱射もできないし……)

 魔力増強剤があるとはいえ、その魔力はできることなら全てバーサーカーの方へと回したい。無駄打ちは厳禁だ。
 とりあえず、身動きの取れない先生を巻き込まないよう少し離れた場所で身を隠したのだが……今の私には、物理的な飛び道具である拳銃に対抗する手段が思いつかず、震える両手を胸の前で握りしめ祈るように目を瞑る。

(あぁ、怖い。もう、令呪でも使って彼を呼んでしまいたい……っ! でも──)

 ──それは、できない。だって、私は彼に「信じて欲しい」と言ったのだから。
 弱気になるな、と自分の頬を両手で叩く。負けない、バーサーカーが向こうで頑張っているのだから、私は私で頑張らなければならないんだから……!

 しかしどうしたものか、と小さくため息をついたところで、何処からか「藤堂」と私を呼ぶ声が聞こえた。

「────っ!?」
「……声を出すな、私だ」

 先生……!? と周りを窺うが、先生の姿は見えない。今のはまさか……と、首の後ろに手を回すと、肌ではなく紙の感覚が指先に当たる。

(──式神?)
「そうだ……この声はお前にしか聞こえていない」

 なんと──先生ってば、こんなこともできたのか。有能極まりない。
 しかし返事はどうすれば良いのか、と私が困惑していると、また鼓膜に直接声が響いた。

「……君の様子はこちらから見えている、返事は要らない、君の顔を見ていれば大抵はわかるからな」

 君がわかりやすい人間でよかった、と、褒められてるのか貶されてるのかわからない一言に、私がむぅ、と唇を尖らせると、追撃で「拗ねるな」という声も聞こえた。……えぇ、えぇ、わかりやすくてすいませんね、くそぅ。

「無駄話はここまでだ、いくつか聞きたい──君には、あのランサーのマスターを倒す算段があるか」

 彼の質問に私は静かに首を左右へ振った。

「……そうか……すまない、私の方でも有益な情報があれば良かったのだが、残念なことにサーヴァント同士の純粋な果たし合いで敗北してしまったのでな、マスターについてわかることはないんだ」

 ……なんで、それを、私に。その戸惑いが表情に出ていたのか、先生は「……先程助けられたものでな、借りっ放しは性に合わない」と、いつもよりも覇気のない、けれど優しい声でそう言った。

 ……助けられていたのは私の方、なのに。
 そうは思ったけれど、先生の助力は素直にありがたい、ここで何かいうのも野暮というものなので私はコクリと頷いた。

「それで、どうするか……私としては、すぐにバーサーカーを呼び戻すことを勧めるが」

 私は首を横に振る。

「そのモデルガンで撃退するか」

 少し躊躇してから、私はまた首を横に振る。

「ならば、どうする──策は、あるのか?」

 私は──令呪の宿った手を握りしめて、顔の前に掲げて見せた。
 私がやるべきことはランサーのマスターを倒すことじゃない──バーサーカーがランサーを倒すまでの時間稼ぎ、それだけだ。
 そう思いを込めて。

「……君が何を伝えたいかはわからなかったが、良いだろう。君が君のサーヴァントを信じているというのなら、私もその覚悟を信じる」

 流石に仔細は伝わらなかったようだが、大まかには理解してもらえたようだ。さすが先生。

「時間を稼ぐというのなら、逃げ回るのがいいだろう……君に私の結界を預ける。今の力では恐らく一度が限界だが、ないよりはずっとマシだ」

 そう言うや否や、私の体が温かなものに包まれる。これが、先生の結界……ということだろうか。

 ありがとうございます──と、顔を上げた先に──薄ら笑いを浮かべた男の顔があった。

「作戦会議は終わった? ──それじゃあ、鬼ごっこ再開だ」
 
 
 

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