36章「儂を呼んだ男の願い」


 最初に自身のマスターと言葉を交わした際は、なんと芯の無い男なのか、と落胆した。

「いやぁ、ないよ、ない。俺にそんな、大望なんてさ」

 呆れる私の目の前で、奴は両手を振りながら、「本当、聖杯戦争だって、聖杯だって、もし本当に手に入れられたら良いなーって思ったくらいだし」といって軽薄そうな笑みを浮かべた。

「現代の魔術師とやらは随分軟弱だな、儂が鍛え直してやろうか」
「い、いやぁ……ははは、まいったね」

 聖杯にかける望みは、「町の平和」だと男は言った。

「世界平和なんてさ、そんな大きなことは言えないんだよ、俺には」

 手の届くところで精一杯なの。そう続けて、男は自身の警察手帳を優しく撫でた。
 

 ──男の印象が変わったのは、キャスターを撃った時だった。
 撃った、というのは文字通り、奴は迷いなく、キャスターのマスターであるところの男に発砲したのだ。

「え? 殺していいのかって? ……いやいや、正当防衛だよこんなの」

 たしかに、キャスターのマスターもこちらを殺す気でいたことは疑いようがない。だが、平和を願う男がこうも躊躇なく人の命を奪うとは思わなんだ。

「そりゃあ、殺さないに越したことはないけど……ちゃんとね、優先順位があんの──この人はさ、この町の人間ではなかっただろ・・・・・・・・・・・・・・?」

 だから、迷わなかった。
 なんてことなくそう断言したのをきいて──私は笑った。

「──く、はっはっは! 貴様──儂が思っていたよりも独善的な男だな」
「お気に召さなかった?」
「いいや、良い、その強さ・・も含めて気に入ったぞ、お主が望むなら儂手ずから修行をつけるのもやぶさかでは無いな」
「そ……れは、遠慮しておこうかな」

 ひとときの戯れに、勇士と競うことができればそれで良いと思っていたが──これは中々どうして、楽しい戦いにできそうだ。
 
 

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