37章「青は藍より出でて」
──走る。その背後から、銃声が私を追いかけてくる。
「っわぁーーん!! むりむりむりーーっ!!」
「いやー、本当、あんまり逃げないでくれないかなー! 俺もさ、殺したいわけじゃ無いんだよ」
そうは言いながらも発砲音は止まない。脚を止めれば間違いなく打たれる。
「さっきまであんなにキリッとした顔してたのに、結局逃げるだけかい?」
パァン、という音と共にそんな挑発めいた言葉も聞こえたが、そんなの今は知ったことでは無い。例え覚悟を決めたとしても怖いものは怖いのだ。
「わ、私の仕事は生きてることなのでぇ! そしたらバーサーカーが貴方のランサーなんてけちょんけちょんにしてくれるのでぇー!」
「あはは、言うねー……じゃあそうならないようにお兄さんも本気出しちゃおうかな?」
「……っ!」
ランサーのマスターの足音が近づく。走って逃げているはずなのに──やはり、私の脚では逃げることすらままならないらしい。
(だから、隠れてたのに……っ! なんで! 見つかっちゃうんだよー!)
冷静に考えれば当たり前だ。先生に魔術の指導をしてもらったとしても、新しい魔術的道具を作り出したとしても、私はやっぱり、自分の魔力や気配を隠すことが全くこれっぽっちもできないままなのだから。
「あっ……」
木の根に足を取られ、横転する。しまった、これでは格好の的ではないか。
「はい追いついた……ごめんね、殺しはしないけど、動けないくらいにはさせてもらうよ」
すぐ後ろに迫った彼が銃口を私の足へ向ける。──まずい、これはさすがにまずい。一発は先生の結界で防げるだろうが、二発目はまず間違いなく私の足を貫くだろう。
もしそうなれば、動けなくなった私を人質にバーサーカーの戦意を奪うこともできる……恐らく、それを狙っているのだろう。
そして、そんなことを考えている間にも彼の指はトリガーへとかけられている。このままでは避けられないであろう痛みへの恐怖から思わず目を瞑る。そして──
「……っ!」
──それと同時に、何かが飛んできたような風圧と、低いうめき声が聞こえた。
「──あぁ? 悪ぃな、手が滑っちまった」
「……っバーサーカー!」
目を開けた先にいたのは、見慣れた背中──バーサーカーの姿だった。先ほどの風は、彼の槍がランサーのマスターの拳銃を弾き飛ばした音だったようだ。
「っはは……さすがに鍛えててもサーヴァントの攻撃にはなすすべもないな……」
何歩か後ずさる彼は、そう言う割にはまだ余裕がありそうだし、何より拳銃を取り落としはしたものの無傷ではあるようだった。
「怪我はなさそうで安心したぞ、マスター」
「は、俺は殺すつもりで放ったがな……てめぇがそれを逸らしたんじゃねぇか」
そして、ランサー……スカサハも私達の目の前へと現れる。どうやら、最終決戦の時はもうすぐそこまで来ているようだ。
「ランサー、悪いな、仕留め損ねた」
「なぁに、構わん──その方が面白い」
マスターを後ろ手に庇うように、ランサーが前へ躍り出る。……マスター対マスター、サーヴァント対サーヴァントの時間は終わった、後は、もう、このまま決着をつけるしかないわけだ。──ならばやはり、当初の予定通り、短期決戦にかけるのが、良い。
「バーサーカー、」
「──いける?」
「──いけるのか」
私達の声が重なる。それに面食らって、数秒言葉を失った後……どちらからともなく笑った。
「当然だ、聞くまでもないだろう」
「私も同感」
私は手をかざす。さぁ、行こう──私たちの作戦はいつだって、とにかく押す、のひとつだけ──
「……来る、ランサー!」
「ああ」
向こうも、私達が決着をつけようとしていることには気づいているらしい。今までよりも真剣な顔で、私たちを睨みつけた。
「全呪解放──加減は、なしだ」
「──令呪を持って命ずる」
手の甲が、燃えるように熱い。私の魔力が、彼に集まるのを肌で感じた。
「さぁ、行くぞ、スカサハ──正真正銘の一騎討ちで、俺はお前を刺し穿つ」
「──大口を叩くものだ──クー・フーリン」
彼女もまた、マスターからの魔力供給を受けたのか、その二本の槍のが赤く光る。
──私は、まだ少しだけ、不安だった。
相手は彼の師匠、半神霊と化した、不死の英雄、スカサハ……本当に、彼は、私達は勝てるのか──だけど、
「──、」
半身で振り返る彼が、口を開く。
「──俺を信じるんだろう」
「……もちろん!」
そう応えると、彼は満足そうに微笑んだ。だから、私のちっぽけな不安なんて、もうどこかに吹き飛んでしまったんだ。
「──宝具開帳──私の魔力、持っていけるだけ全部持っていけ……!!」
令呪を宿した私の手が、彼の槍が、輝く。そして、そして──
魔槍ゲイ・ボルクの元となった紅海の怪物海獣クリード=Aその骨格を具象化させ鎧のように身に纏う。──この宝具は恐らくスカサハも知らない、涼にも詳細は伝えなかった、ここに召喚されて初めて見せる、
俺特有の宝具。
なればこそ、回避も、対策も──ただの槍であるよりずっと困難であるはずだ。
──だから今、俺の槍は
スカサハに到達する。
「令呪をもって命じる──」
聴こえてきたのは
男の声……あぁ、そうだ、
マスターを持つのは俺だけじゃねぇんだったな。
(宝具が、来る)
避けるのは良くない、このまま、相討ち覚悟で打ち込むのが最善だ。そう判断した俺は駆け出した足を止めず、スカサハへと自らの腕を振り上げる。
──そして、短い悲鳴と銃声。視界の端に、奴のマスターに飛びかかる楓の姿があった。
「バーサーカー!!」
「……やるじゃねぇか、
マスター」
勝つ事だけが俺の目的だった、俺の意味だった。……しかし、こういう終わりも、悪くねぇ。
目の前に立つ、やけに満足そうな顔をした女に爪を突き立てる。奴はマスターの令呪がなくとも宝具を発動させていたようだが──構うものか。その槍が俺の心臓を穿つ前に、俺は俺自身の宝具を発動させた。
「──
噛み砕く死牙の獣」
そして、女は無数の棘に中から貫かれる。そして相打ちを覚悟してなお、俺の心臓はまだ動いている。
ならば、これは俺の──俺たちの勝利に他ならなかった。
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