3章「朝」


 朝日が、眩しい。

「……あぁ……」

 モノクル──命名「心眼鏡《しんがんきょう》」(今つけた)を修理しながら寝落ちていたらしい、カーテンから射し込む光が身に沁みる。

「……バーサーカー、いる?」

「なんだ」

 返事が聴こえた方へ振り返ると、バーサーカーが壁にもたれかかっている姿が目に入った。……昨夜、最後に見た時もあの体制だった気がする。

「もしかして、昨日からそのまま……?」
「それがどうした」

 驚いた、本当に立ったまま過ごしたのか。いや、たしかにサーヴァントに睡眠は不要ときいていたが、なんだか申し訳ない気分になる。

「うちの中では好きにしていいって言ったのに……」
「だから好きにしている」

 うん、間違ってはいない。ふぅ、とため息を吐いてから大きく伸びをする。幸い、昨夜の自分はきちんと修理を終わらせてから眠りについたようで、モノクルは問題なく使えるようである。優秀。

「バーサーカー、少し買い物に行きたいんだけど」
「好きにしろ」

 そう言ってから姿を消す、恐らく霊体化してついて行く、ということなんだろう。

 ──一晩、彼と話をしてわかったことがいくつかある。
 まず一つ、不機嫌そうな顔や声、あれが彼のデフォルトであること。
 二つ、彼は私の想像していたクー・フーリンではなかったけれど、確かに英雄クー・フーリンであること。
 三つ──

「おい、いかねぇのか、お嬢ちゃん」
「…………その呼び方は、やめて……」

 わかりにくいが、これは、彼なりの冗談らしい、ということ。
 出かけるに当たって、とりあえずシャワーを浴びることから始めるとする。すでに行く気満々のバーサーカーには少し待ってもらおう。
 汗でベタつく服を脱ぎ捨て、浴室へ入る。あぁ、朝に浴びるシャワーのなんと気持ち良いことか。
 降りかかる水滴を浴びながら、昨日、寝てしまう直前まで何を話していたんだっけ、と考える。

 確か、バーサーカー自身のことを聞いていて──

 うん、そうだ、彼がオルタ≠ニ名乗ったから、それについて聞いていたような気がする。
 オルタ──反転している、と彼は言った。文献で何度かその単語を目にした気もするが、正直よく覚えていない。
 彼曰く、「王であれと願われた自分」、だそうだ。過去か、未来か、現在か、わからないけれど、何処かの誰かに。
 誰に? と訊いた私に、彼が「それは、」と答えたところで、私の記憶は途切れている。

「……失礼すぎないか、私」

 シャワーを止め、タオルに身を包む。彼が答えてくれたにしろ、くれなかったにしろ、問いを投げかけておいて答えも聞かずに眠りこけるなんて人として最低だ。
 彼は怒ってはいないだろうか、と思ったが、終始あの様子なので怒っているかどうかなんて分かる気がしない。表情を読むなんて土台無理な話だ。

 肩までしかない髪がきちんと乾ききったのを確認してドライヤーのスイッチを切った。さて、何を着て行こうかと乱雑にしまわれた服を手探りで漁る。
 ふと、左手の甲にある令呪が目に入る。優秀な魔術師であればあるほど円形に近づくというそれは、案の定、円形とは程遠いいびつな形をしていた。……見るたびに少し、落ち込む。

「まだか」
「あっ……もうちょっと待って!」

 バーサーカーの呼びかけにハッとする。声をかけられたということは、相当待たせているということだろう。動きやすそうなジーンズと薄手のニットに手を伸ばす。まだ暖かな日は続いてはいるが、秋の涼しさにはこれくらいが丁度良いだろう。
 おまたせ、と姿の見えない彼に声をかけながらいつものショルダーバッグに心眼鏡といくつかの道具を入れ、私たちは家を出た。

 

 ……正直、自分でも買いすぎたな、と思う。

「重い……」

 両手に抱えた袋の重量に肩が悲鳴を上げている。中身は様々だが、主に発明品のパーツだったり、予備だったり、そんなところだ。
 途中ちょっと怪しげなお店に寄って、ついちょっと怪しげな薬とか材料とかも買ってしまったが……まぁ、許容範囲だ。うん。

「バーサーカー、いる?」
「……なんだ」
「いや、うん、なんでもない」

 私はこうして度々バーサーカーの所在を確認していた。なんせ霊体化していると見えない上に、私から話しかけなければ一言も発しないのだ、本当にいるのか不安にもなる。
 ガサ、と一番大きな紙袋が音を立てた。これに関しては衣類なので重くはないが、なにせかさばる。
 この後どこで何をするにしても、この大荷物では何もできそうにないと判断した私は、少し急ぎ足で家路に着いた。

「……っと!」

 途中、思わずバランスを崩してすれ違った男の人と荷物がぶつかってしまう。私が「すいません」と頭を下げると、いたって普通の、眼鏡のサラリーマンといった風の男性は、「いえいえ」と手を振った後、

「大変そうですね、手を貸しましょうか?」

 と声をかけてくれた。

「大丈夫です、ありがとうございます」

 なんて優しい人だろう、とは思ったが、袋の中身が中身だ、見られて困るものばかりだし丁重に辞退させていただく。
 それに、自宅まではここから大した距離でもないし。
 しばらく歩いて、人通りの少ない路地裏への角を曲がったあたりで、「おい」というバーサーカーの声がした。

「何? ……って、ちょっ……!」

 私が返事をするのと同時に、彼が姿を見せる。人気がないとはいえ、まだここは市街地、私は慌てて「出てきちゃダメだって!」とつい声を荒げる。

「さっきの男、マスターだな」
「えっ」
「つけられてる」

 そんな、と言おうとして大きな音にかき消された。なんの音かと考えるまでもない、目の前にあるそれは、敵の鞭とバーサーカーの槍、先ほどの音はこれがぶつかり合った音だ…!
 なぜサーヴァントというやつは、こんなにも突然、直接的にマスターを攻撃しようとしてくるのか、効率厨かなにかなのか、全くうんざりする。

 ……などと頭では冷静なフリをしてみるけれど、身体の方は正直なようで、恐怖心に負けヘナヘナと膝を着いてしまう。
 バーサーカーは敵の攻撃にひるむこともなく、私を背に庇ったまま、「お前」と呟いた。どことなく、少し驚いたような声で。
 彼の背中越しに私も相手を視認する。後ろにいるのは確かに先ほどぶつかった優しそうな男性だ。そして私達の目の前にたっているサーヴァント……クラスは、わからない。
 それ≠ヘ、一見すると美しい女性だった。綺麗な桃色の長髪、白く透き通るような肌、そのサーヴァントは、カツン、とヒールの音を鳴らしてこう言った。

「あぁ……やっと見つけたわ! クーちゃん!」
「……メイヴ」

 感情のない彼の声が、ぼそりと彼女の名前を呼んだ。 





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