終章「後始末、後片付け、残されたもの」


 あの後、私は大樹兄の手を借りながら、その「巨大な術式」というやつを行使した。結果は……まぁ、概ね成功というところだろう。

 技術面の足りないところを力技でどうにかしようとしたのがいけなかったのか……さすがに、全世界の関係者から全ての記憶を消すことはできなかったらしい。

「一応教会に確認してみたけど……教会の方では、なかったこと、として扱われてるみたいだね」
「時計塔の方でも、流れてるのは噂程度、真偽のほどは定かではないみたい」

 大樹兄は書類の山を前に深くため息をついた。まぁ、教会の人たちから、彼が監督役としてここに配属された……という記憶を消し、代わりの仕事があったことにしてしまったので、その分の仕事を終わらせなければ「君はこの一週間何をしていたのか?」ということになってしまうわけで。つまりはこの書類の山は、そういう理由なわけで。

「終わらない……終わらない……くぅ……こんなことなら協力なんてするんじゃなかった」
「えへ……ごめんね、大樹兄」

 それと、協力者である大樹兄の記憶はもちろんそのままだ。無限の書類の山に頭を抱える彼を見ていると、少し申しわけないことをしたな、とは思う。

「僕のことはいいよ……楓ちゃんの方はどう? 十文字先生、だっけ、頷いてくれた?」
「へへー、ようやく!」

 ぶい、と私はピースサインをして見せた。そう、聖杯戦争が終わって、忘却の魔術を行使した後、私は十文字先生に改めて弟子入りを申し込んだのである。
 もちろん先生からも聖杯戦争の記憶は消えているので、突然私が魔術師だと告げられ、魔術師であることが知られていると言われ、多大に混乱している様子ではあったが……それでも私の懸命な(諦めが悪い)説得により、仕方がないと折れてくれたのである。

「本当に? すごいな……魔術師は普通、自分の魔術を身内以外に継承するのは嫌がると思うんだけど」
「あ、うん、別に先生の魔術を全て教えてもらうとかではないんだけど……ほら……先生曰く、私は基礎の基礎からデタラメだってことだから……」

 仕方のない話だとは思う、ほら、私に魔術を教えてくれた母さんは、天才は天才でも感覚派の人だったから。どれだけ真面目に教えてくれていたとしてもわからない時はわからない。

「あとね、先生が、魔力量は少なくとも、才能は有るーって! ……きちんと修練するなら、卒業後は時計塔への渡りをつけてくれるって」
「そうか……じゃあ、そうなったら僕達は敵対組織になるわけだ」
「どっかの戦場とかであっても見逃してね?」
「うーん……それはできない! ……って断言できないなぁ僕」

 ははは、と笑いあって、私は彼が積み上げた書類の一つに手を伸ばす。「こら、機密文書も混じってるんだぞ」なんて言ってはいるけど止めたりはしない。甘いというか適当というか……そもそも機密文書を第三者の目の前で整理するな。

「……人理継続……保障機関?」
「ああ、最近まことしやかに囁かれている計画だね……君もいつか時計塔にいくつもりなら、関わるかも知れないよ」
「ふぅん」

 天体科……私の興味があるのは創造科の方だったが、少し面白そうだ。頭の片隅には置いておくことにしよう、そう決めてその書類を彼に返す。

「あ、そろそろ先生と待ち合わせた時間だ」
「あれ、そうなの? なら行くといいよ……僕とこの後始末の山を置いてね……」
「い、行きにくいなぁ」

 苦笑いをこぼしながらも大樹兄に、じゃあねと手を振って教会を出る。彼も疲れた表情ながらも微笑んで、「頑張ってね」と言って手を振りかえしてくれた。

「……さて、やってやるかー!」

 澄み渡った青空に向けて、両手を広げ声を上げる。

 彼との「また」があったとしても無かったとしても──私は、彼に胸を張れる自分になるために、努力すると決めたのだから。
 

clap! /

prev  back  next



 top